2016 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
25370086
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Research Institution | Okayama University |
Principal Investigator |
金関 猛 岡山大学, 社会文化科学研究科, 教授 (20144727)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 精神分析 / ジークムント・フロイト / マルタ・ベルナイス / 『婚約書簡(Brautbriefe)』 / 19世紀後半のウィーン |
Outline of Annual Research Achievements |
前年度に引き続き、ジークムント・フロイト/マルタ・ベルナイス『婚約書簡』に関する研究を継続した。この書簡集は全5巻で完結予定で、現在そのうち3巻までが刊行されている。当然のことながら全巻刊行後でなければ、その全体について論じることはできないが、その重要性に鑑み、3巻までで考察できることについて、2本の論文を発表し、学会発表を1回行った。 1882年にフロイトとマルタがウィーンで婚約したのち、フロイトはようやく病院で医師となるための研修を始める。収入は不十分で、経済的にも結婚生活は到底いとなめなかった。また、マルタは寡婦である母とともにハンブルクで暮らさねばならなかった。こうした状況が4年3ヶ月続き、その間、毎日のように手紙が交わされるのである。これに関する第1論文では、婚約直後のフロイトの体験について論じた。フロイトは、マルタに心を寄せる友人のせいで心をかき乱され、そのことをマルタに書き送る。その手紙で、フロイト自身、激情に揺さぶられながらも、その友人の心理を客観的に記述しているのである。手紙にしたためられたフロイトの言葉は、1895年の『ヒステリー研究』(ブロイアーと共著)の考察に直結する。また、学会発表と第2論文では、『夢解釈』と『婚約書簡』とのかかわりについて論じた。『夢解釈』の「イルマの注射の夢」の分析で妻マルタについての思い出がほんの数行暗示的に語られている。『夢解釈』では具体的なことは書かれておらず、詳細は本文からはわからない。しかし、『婚約書簡』と照らし合わせるとそれが婚約時代のフロイトにとって、非常に深刻な体験にかかわる思い出であったことが明らかになる。本年度の研究を通じて、『婚約書簡』が精神分析の生成を解明するうえで計り知れない重要性をもつことが立証できた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
当初、計画していた精神分析の基盤を解明する研究は、2015年刊行の著書『ウィーン大学生フロイト』で実現することができた。この著書では精神分析の基盤が厳密な実証科学にあることを明らかにした。しかし、フロイトが専門としていた神経学、神経解剖学とのちの精神分析とはなお大きな隔たりがある。フロイトのマルタとの恋愛はその隔たりを埋める体験と捉えることができる。その体験を詳細に記録する『婚約書簡』は現在刊行中の新資料である。そして、新資料であるがゆえに、これに関する研究は、報告者の知る限り、いまだなされていない。『婚約書簡』で記述される自己分析や観察に基づく他者の心理分析は後年の『ヒステリー研究』や『夢解釈』に直結しており、『婚約書簡』の研究は精神分析の成立に関して多くの新たな発見をもたらす。また、書簡の内容は細々とした日常生活の些事にまで及んでおり、当時のウィーンやドイツの風俗、文化を考察するうえでも大きな意味がある。当初『婚約書簡』の研究は計画に入っていなかったが、この研究を開始できたことにより、精神分析の成立に関する研究は当初の計画以上に進展していると判断できる。
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Strategy for Future Research Activity |
引き続き、『婚約書簡』の研究を進展させる。精神分析の成立とのかかわりを探究することが主眼となるが、この書簡の内容は多岐にわたるので、さまざまな側面から当時のフロイトが置かれた立場について論じる。たとえば、フロイトの務めていたウィーン総合病院は19世紀ヨーロッパ屈指の大病院で、マイネルト、ノートナーゲル等々、医学史に名を残す人々が活動していた。『婚約書簡』からは、こうした偉大な医学者とフロイトの関係を解き明かすことができる。また、書簡では、フロイトの読書、造形芸術との出会いについても語られており、精神分析の背景としてのフロイトの幅広い教養がどのように形成されていったのかという点を読み取ることができる。こうした点について、医学史、19世紀ドイツ語圏文化史に関する文献を収集しつつ、『婚約書簡』に関する論文を執筆し、所属学会で研究発表をする。『婚約書簡』第4巻が今年の秋に刊行されると思われるので、さらにこれを精読し、研究を深化させる。
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