2013 Fiscal Year Research-status Report
ベルベル語表記体系の変遷をたどり、ティフィナグ文字を再構築して、文法書を作成する
Project/Area Number |
25370498
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Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
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Research Institution | Soka University |
Principal Investigator |
石原 忠佳 創価大学, 文学部, 教授 (10232331)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | ベルベル語諸方言 / Tifinagh Script / ティフィナグ文字 / Tarifit / アラビア語とベルベル語 / Tamazight / アフロ・アジア語族 / 北アフリカ史 |
Research Abstract |
ベルベル語といってもその使用地域は数カ国に広がるため、その言語的素性の相違はきわめて大きいにもかかわらず、「ベルベル語」として一括されてきました。これまでに欧米では、フランス国立東洋言語文化研究所(INALCO)を拠点に、ラテン文字による表記で「ベルベル語文法」の概観が紹介されることがあり、またモロッコ国内では、2008年にラバトでフランス語版『新ベルベル語文法』(La nouvell grammaire de l’amazighe) が刊行されました。しかしこの著はモロッコ南部のベルベル語(Tashelhit)を取り上げたもので、北部のベルベル語(Tarifit)を対象とした文法書は、世界でも刊行されていませんでした。こうした状況を鑑みて、2003年以来私は北モロッコのリーフ山地一帯におけるベルベル語の調査を、フィールドワークを通じて実施してきました。その段階で、ベルベル語を扱った文法書の出版が今日まで皆無であった理由が明らかになりました。それはアラブ人が政治的に支配権を持つ今日のモロッコ社会では、アラビア語教育が重視され、ベルベル語は社会の片隅に追いやられるとともに、ベルベル文字(ティフィナグ文字)を使用した住民は時には投獄されることもあった事実です。モロッコ政府がベルベル文字を使った教育を公式に認可したのは、遅まきながら2011年の憲法改正の時点でした。また長年の調査で実感したことは、ベルベル語の詳細を明らかにするには、この語が呈する言語的素性のみならず、北アフリカ史の中でベルベル民族が今日まで辿ってきた歴史上のいきさつを把握する必要性でした。そのためには、歴史学や民俗学に携わる専門家の助言が不可欠と考え、ヨーロッパの研究者との情報交換を収集しつつ、現時点に至っています。その結果、ベルベル語のバリアントであるタリーフィート語の輪郭が次第に明らかになってきました。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
今日のモロッコにおける「ベルベル語」の分布は、北東部のタリ―フィート語、中央アトラス山脈一帯のタマズィフト語、南西部大アトラス山脈周辺のタシュリヒート語に細分化できます。しかしながら、多くののベルベル系住民が、祖先が日常生活で使用していたベルベル文字(ティフィナグ文字)の存在を認識することなしに、自らの話し言葉の文字化を試みていないのが現実です。今年度はベルベル文字とベルベル語話し言葉の関連性を明らかにする作業を重点的に行いました。Lerchundi 研究所図書館M.Tarhouchi 司書と共同で、北モロッコリーフ山地一帯のフィールドワークを実施し、まずはリーフ地域をアラビア語単一使用地帯とベルベル語・アラビア語二言語併用地帯の二つに分類し、さらに来年度以降に以下の5項目を検証する目的で、この地域の言語地図を作成することができました。1)古代リビア文字がどのような過程を経て、ティフィナグ文字へ変遷を遂げたのか。2)ティフィナグ文字が示す母音に、トアレグ系ベルベル人はどのような変種文字で対応したのか。3)abjad とよばれる本来子音のみを表すティフィナグ文字に、母音がアルファベットとして使用されるようになったのは歴史上いつの時代からか。 4)標準ティフィナグ文字(Tifinagh-Ircam)基本に考えるなら、地域格差をもたらしたベルベル語口語の変種は、どのような音韻中和(Neutralizacion) の結果生じたのか。5)ベルベル語本来の語彙ではない借用語の表記に、ティフィナグ文字が使用されることがあるのか。 これまでの研究成果は、平成25年度科学研究費女性補助金(研究成果公開費)の交付を受け、2014年3月『ベルベル語とティフィナグ文字の基礎 -タリーフィート語入門-』(春風社)として刊行できました。
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Strategy for Future Research Activity |
本邦において現在まで実施されてきた「ベルベル」に関する研究は、ムラービト(1050~1147)とその後のムワッヒド朝(1130~1269)の役割を、歴史的観点から探るものが主流でした。南スペイン史を専攻する研究者でさえ、もっぱらアラブ王朝やベルベル王朝の歴史上の興亡に着眼するのみで、ベルベル語自体の文法や歴史的変遷を取り上げたものは、ほぼ皆無であったと言えます。 ベルベル人の文化が次第に地域社会から忘れ去られ、アラブ文化に吸収されるという危機に瀕していることから、北アフリカの先住民であるベルベル民族の伝統・歴史・風習などの文化遺産を詳細にとどめておくことが、今後の最重要課題であろうと考えています。そのような折、スペイン国立カディス大学北アフリカ地域研究学科の Jorge Aguade Bofill 教授 から、平成27年度には研究協力者として共同調査に参加していただける旨の快諾をいただきました。この共同研究には、実際にカディス大学でベルベル語の教鞭をとられているアルジェリア出身の M. Tilmatine 教授やフェニキア・カルタゴ史を専門とする同古典語学科 Ruiz Castellanos 教授も一員として参加されると伺っています。 また平成25年8月、北モロッコのアルホセイマ(Alhoceima)で開催された夏期大学講座で、私は基調講演を依頼されその折、[21世紀リーフベルベル協会]のYassin Errahmouni会長から、ベルベル文字表記による『ベルベル語辞典』の共同執筆を提案されました。より広域の読者を想定して、まずは当面、拙著(2013年)の外国語への翻訳作業(英語あるいはフランス語)を考えていましたが、会長との情報交換を拠り所として、近年中にはベルベル語辞書の共同編纂も念頭においています。
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