2013 Fiscal Year Annual Research Report
日本初期写真における写真受容の様相--新潟県南魚沼市六日町の今成家の事例を通じて
Project/Area Number |
25884026
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Research Category |
Grant-in-Aid for Research Activity Start-up
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Research Institution | Niigata University |
Principal Investigator |
榎本 千賀子 新潟大学, 人文社会・教育科学系, 助教 (80710384)
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Project Period (FY) |
2013-08-30 – 2015-03-31
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Keywords | 写真史 / 視覚文化史 / 通俗道徳 / 演劇 / メディア史 |
Research Abstract |
平成25年度は、今成家に残された写真のうち、前年より分析を進めてきた男が浮世絵を抱える1枚の写真について、この写真の文化背景を考察することを中心に研究を進めた。新聞や小説等における写真関連の言説を手がかりとして研究を行った結果、当該の写真が、通俗道徳を色濃く反映した「心」の概念と、通俗道徳的な「心」と映像をめぐる黄表紙等の先行する視覚文化を参照、引用、改変しつつ作られていること、しかもこの写真に指摘できる今成家の写真メディアの理解のありようが、明治初頭の小新聞や小説の読者に広く共有されていたことがわかった。この研究成果は、研究ノート「『心』を写す写真――明治初頭の写真受容と「心」の道徳哲学」(表象文化論学会ニューズレター『REPRE』Vol.19 2013.10)へとまとめ、発表することができた。 さらに、地芝居が盛んであった六日町の特色を反映したものと考えられる今成家の演劇的写真についても、当時の文脈を重視しながら考察を進め、今成家の演劇的写真と都市において発展した歌舞伎や役者絵との関係、および明治初頭より盛んに撮影・販売されていた歌舞伎役者の写真の影響を指摘することができた。さらに、時間芸術である演劇を、静止画である写真というメディアに移し替える際に生まれる「時間」の問題についても、歌舞伎や浮世絵との比較が手がかりとなることがわかった。この演劇的写真と「時間」の問題については、口頭発表「六日町の明治期アマチュア写真-今成家写真の想像力と通俗道徳・都市文化」(大学・地域・連携シンポジウム「映像、アマチュア、アーカイヴ」神戸大学、2014.3.1)にて発表を行った。 以上の成果は、これまでの著明な写真師を中心に記述されてきた初期写真史では十分に論じられてこなかった庶民文化と写真受容の関係性を明らかにする点で、写真史にのみならず広く視覚文化史に貢献するものである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の研究計画では、25年度は今成家の湿板写真コレクションのうち、「心」と「時間」という抽象概念の表象に関わる写真を中心に分析を進めることとしていた。 しかしながら、「心」に関する写真について、この写真の文化的背景を考察するために使用した新聞や小説などの資料収集、分析に当初予想した以上の時間がかかった。この遅れは、研究が進むにしたがって「心」の表象が、心学や通俗道徳などの思想史的問題や戯作から小説への転換という文学史上の問題と予想以上に複雑に関連していることが判明し、新たに調査、考察すべき事項が増加したため生じたものである。だが、結果としてこの遅延は、今成家の写真における「心」の問題と、写真とより広い文化一般との緊密な結びつきを解明することにつながったため、決して損失ではない。 以上のような事情から、演劇的写真を中心とした「時間」の表象へと関わる分析への着手は当初計画よりも遅れた。しかし、「時間」の表象についても歌舞伎との関係性を手がかりに今後の研究を進めてゆくという手がかりを得て、口頭発表のみではあるものの、成果を発表することができた。そのため、研究は全体としてみれば、おおむね順調に進展していると評価できる。 なお、研究計画では、今成家の写真と西洋文化の関連性を考えること、そして初期写真の一般的な状況と今成家の個別性についての考察も研究の柱として挙げていた。この二点に関しては、上記の「心」と「時間」の問題を論じてゆくなかで達成できたと評価できる。また、計画していた南魚沼市の市史編さん室との協力による関連資料の調査については、いまのところは今成家に関する新たな資料の手がかりは得られていない。しかし、同調査を進めてゆく仮定で、新たに同地域の明治後年の乾板写真資料が発見されたことを申し添えておく。
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Strategy for Future Research Activity |
26年度前半は、25年度の成果を踏まえつつ、演劇的写真について「時間」の表象に留意しながらさらなる分析を進める。研究を進めるにあたっては、25年度の研究成果によって示唆された歌舞伎との関係を重要な手がかりとするとともに、エドワード・マイブリッジの写真など、西洋の写真史における瞬間写真(Instantaneous Photography)に関する研究を参考としてゆく。得られた研究成果は、6月開催の映像学会での口頭発表を経て、学会誌への投稿論文としてまとめることを予定している。 26年度後半については、25年度~26年度前半までに得られた成果を、より広く一般的な写真史の枠組みの中へと位置づけることを目指す。今成家の写真の分析から示唆されるのは、写真術の普及期における大衆的な写真受容の様相である。これまで著名な少数のパイオニア的写真師による写真や記録を中心に綴られてきた初期写真史、そして西洋近代の「美術」概念を背景とした表現史として綴られてきた明治後半以降の写真史と、今成家の事例から明らかになった写真受容の様相は、いかに接続することができるのか、また今成家の事例から初期写真史、写真表現史については、いかなる再検討が可能であるのかを考察し、2年間の成果のまとめとする。そして、2年間の研究終了後、まとめた研究成果を博士論文として提出することを予定している。 さらに、26年度全体を通じて、今成家の写真術の技術的系譜、今成家から写真術を学んだと言われる人々についての調査を25年度に継続して南魚沼市と協力しながら調査してゆく。なお、本研究の成果を資料を生んだ地元に還元するため、6月開館予定の南魚沼市図書館(六日町駅前)において、写真展とワークショップ開催を南魚沼市市史編さん室と検討中である。
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