2013 Fiscal Year Annual Research Report
『本朝故事因縁集』成立過程の考察-領主権力の変動と説話集成立を巡って
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25884046
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Research Category |
Grant-in-Aid for Research Activity Start-up
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Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
南郷 晃子 (中島 晃子) 神戸大学, その他の研究科, 研究員 (40709812)
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Project Period (FY) |
2013-08-30 – 2015-03-31
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Keywords | 本朝故事因縁集 / 松平直政 / 近世説話 / 藩祖 / 松江 / 出雲国 |
Research Abstract |
当該研究は、近世期の領主権力と説話との関係を詳らかにすることを目的とした研究の一環として、『本朝故事因縁集』所収の松江藩に関する説話群を介してその形成過程を考察するとともに、説話個々の形成契機を可能な限り明らかにするものである。 『本朝故事因縁集』には松平直政治世期の松江の武家に関する説話がまとまって見出せるが、これらを一群のものと捉え、直政治世期の松江藩の説話が同書に含まれるに至った背景を検討する。また明治まで続いた松江藩松平家の初代である直政周辺の説話が同書にまとまって含まれることの意味を明確にする。さらにそれらが地域社会で再受容されるにあたっての変容を、時代状況、地域社会の状況を踏まえつつ把握する。 松平直政は松江藩の「藩祖」といえるが、歴史学においては、近年共同体の由緒を藩祖と関連づけて語るという由緒研究としての、藩祖信仰研究が展開されている。これらは近代を目前にする19世紀の言説として論じられるものだが、『本朝故事因縁集』の松平直政関連説話の一群は17世紀後半における「藩祖」をめぐる語りが持つ意味を明らかにしうる。 さらに、説話が説話集に含まれる過程を具体的にすることで、説話生成契機と説話集における記述との乖離と、その意味を把握することができる。 また『本朝故事因縁集』は近世の文学世界に様々な影響を与ており、近世文学世界の根幹をなす作品の一つといえる。しかし同書の研究は進展しておらず、まとまった研究論文としては申請者による「『本朝故事因縁集』をめぐる考察-周防国を中心として」(『国語と国文学』平成24年12月号)があるのみである。これは周防国を中心として、説話集生成契機を明らかにしたものであるが、当該研究は、これを発展させ松江を中心に説話集形成過程を考察する。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
当初の計画は、1.『本朝故事因縁集』に含まれる情報の多様な角度からのデータ化とその分析2.松江を中心とする地域資料の調査 3.寺社等へのフィールド調査を平成25年度中に終了させるというものであった。 1.『本朝故事因縁集』に含まれる情報の多様な角度からのデータ化とその分析については研究計画に沿って進め『本朝故事因縁集』の基礎調査は終了している。これにより、松江藩における松平家への交代直前の京極氏の説話の位置づけが課題として浮上した。ただし松江を中心とした考察を進める上では、隣接地域に関する説話分析が十分とは言えない。 また2.松江を中心とする地域資料の調査は、島根大学及び島根県立図書館を中心に順当に進めた。その結果、『本朝故事因縁集』所収説話の類話が松平家家臣「乙部家」の家記録、地誌『雲陽秘事記』、普門院の寺社縁起などのうちに見つかった。しかしこれらは『本朝故事因縁集』に先行する資料ではなく、形成過程を論ずる上では不十分な資料と言わざるを得ない。また1を通じ見出した『本朝故事因縁集』形成過程において鍵になると思われるお伽衆「小阿弥道二」であるが、松江藩の資料中には存在が確認できず、異なる角度からの検討が必要である。 3.寺社等へのフィールド調査に関しては、松江城内稲荷神社の実地検分及び同社神主へのインタビューを行い、特に信仰の重層性に関し知見を得ることができた。ただし、神主家の交代過程で同社に関する由緒、資料などは失われているとのことで、近世期の資料を確認することはできていない。 以上のように、作業自体は順当に進めたものの、『本朝故事因縁集』所収説話の形成過程を考察する上で十分な資料が揃っていないという問題がある。
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Strategy for Future Research Activity |
平成26年度に関しては、松江を中心とした調査結果を『本朝故事因縁集』の形成過程と関連付けながらまとめるとともに、広島における調査を行い、それらの成果をまとめることを予定していた。 しかし、松江に関し十分な調査結果が得られていないことを踏まえ、『本朝故事因縁集』に留まらず『古今犬著聞集』(天和四年、椋梨一雪)なども含めた説話集を起点に17世紀松江藩における説話的環境の検討を行い、さらに同地におけるその展開の検証に重点を置くこととする。 松江藩に関する説話は『本朝故事因縁集』のみならず、17世紀の説話集にかなり多く含まれる。また藩の資料からお伽衆への扶持なども明らかであり、松平直政治世下、松江藩において説話が語られる環境が整っていたこと、さらにその利用がうかがえるといったことがある。加えて松江においてそれらの説話は寺社縁起としての展開、家臣の家の記録としての受容などの展開が見える。さらに19世紀成立とされる『雲陽秘事記』には、これらの説話が藩祖の事績として組み込まれていく。この松江藩における説話的環境と展開を 『本朝故事因縁集』を軸にまとめ、研究会報告、学界報告、論文発表を行うこととしたい。 また平成26年度は広島県を中心に『本朝故事因縁集』形成過程の調査を目的としたフィールド調査を予定しており、曹洞宗寺院の洞雲寺および真言宗寺院である福王寺における聞き取り調査、資料調査を行うことを検討していた。しかし松江における形成過程の考察が順当に進まないことを受けて、テクスト分析を出版の視点から行うこととする。出版元である万屋清兵衛や、『本朝故事因縁集』を大幅に引用する『扶桑怪談弁述鈔』『本朝怪談故事』を著した厚誉春鶯に焦点を当てた調査を行い、在地資料からの検討とは異なる角度からの考察を試み、その結果をまとめることを目指すものとする。
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