2013 Fiscal Year Annual Research Report
近世大名家における中世テキストの利用と享受に関する研究
Project/Area Number |
25904015
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Research Institution | 文部科学省初等中等教育局 |
Principal Investigator |
高橋 秀樹 文部科学省, 初等中等教育局, 教科書調査官
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2014-03-31
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Keywords | 吾妻鏡 / 毛利家 / 大江広元 |
Research Abstract |
『吾妻鏡』諸本の中における毛利家本の位置を明らかにし、毛利家文庫の蔵書や他の史料から近世大名萩藩毛利家が中世テキストである『吾妻鏡』をどのように利用・享受していたのかを考察することを目的とした。 毛利家本の『東鑑』と、代表的な集成本系『吾妻鏡』の諸本(吉川本・北条本・島津本)との所収年月日の異同、目録及び8冊分をサンプルとして字句の異同を確認したところ、毛利家本には寛永版本との校合や数次にわたる書き入れが見られるものの、島津本とは所収年月日も同じで、本文には誤字脱字程度の字句の異同しかなく、両者が共通の祖本を持ち、独自の増補改変は行われていないことが明らかとなった。毛利本にある文禄5年(1596)の本奥書と目録掲載の系図中の人名表記から考えると、共通祖本は16世紀半ばには成立していたと見られる。吉川本や北条本と語順・文体が異なる冊は、共通祖本の段階で仮名文に書き下された本を底本として再漢文化した本を親本としていた可能性が高い。北条本とは所収年月日が異なる巻があり、北条本と毛利・島津共通祖本がそれぞれ独自の増補をしていることが認められるが、それ以外の部分は更なる共通祖本の存在を想定できる。 毛利家本『東鑑』52冊とともに伝わっている『東鑑抜書』2冊は、先祖の大江広元やその子孫に関する記事を抄出したもので、『東鑑』でも関連記事には赤色の付箋を付けた痕跡が残っている。また、毛利家本との校合に用いられた寛永版本が明治大学中央図書館の毛利家文庫中に現存しており、その一部にも同じ付箋の痕跡が見られる。その冊は『東鑑抜書』と毛利家本『東鑑』との間で文字の違いがある冊と一致するから、『東鑑抜書』は毛利本を主たる底本とし、版本を補助的に用いて作成されたと見られる。 また、明治大学中央図書館には『大江広元日記』の異本である『扶桑見聞私記』が所蔵されているが、これは毛利家旧蔵本ではなかった。ただし、毛利家文庫中に長州の多田信臣の著作『読扶桑見聞私記議』(享保20年)があり、『扶桑見聞私記』が大江広元の著作とされていることを実証的に批判している。近世の毛利家は家蔵の『東鑑』について研究を続け、祖先の大江広元らに対する顕彰的な視点でテキストを享受する一方で、祖先の著作に仮託された書物についても学問的な姿勢をもって臨み、これについては偽書と判断して享受しなかった。
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