2015 Fiscal Year Research-status Report
心身の難問に向かうものとしてのアリストテレス哲学の研究
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26370005
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Research Institution | Ibaraki University |
Principal Investigator |
渡辺 邦夫 茨城大学, 人文学部, 教授 (30191753)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 『ニコマコス倫理学』 / 無抑制 / 実践三段論法 / エピステーメー / 心身因果 / 欲望 / 知性主義倫理学 / アポリア |
Outline of Annual Research Achievements |
アリストテレス倫理学(『ニコマコス倫理学』第7巻前半10章)における無抑制論(「意志の弱さの問題」の議論)を、心身の積極的関連性という、本課題でその価値を立証したいアリストテレス哲学の根本特徴から「筋の通った、説得力のある解決」として解釈した解釈論文を完成することが第一の目的であった。 成果として、光文社古典新訳文庫『二コマコス倫理学(下)』解説474~484頁「八 抑制のなさの問題」においてアリストテレス無抑制論を理解する鍵が、かれの心身関係論の公正な評価にあると論じた。第7巻第3章解釈でチャールズとローレンツが新たに付け加えた解釈上の発見がある。それは一命題単独の内容を「知っているか」という発想を、アリストテレスが使った原語「エピスタスタイ」(名詞は「エピステーメー」)が排除しており、「エピスタスタイ」にあたる「知る」「理解する」は必ず命題を他の命題との組で体系的・組織的に理解することであったという点である。私は「体系的・組織的理解」という点を広い意味では踏襲しつつ、その「理解」は実践哲学の文脈では命題の組が織りなす「体系」でなく、命題や信念が個人の心と行動の文脈でもつ「体系性」であると解釈し、「これは甘い」が心身の因果的脈絡で甘いものは食べるべきでないという大前提と結びついて食べないか、甘いものなら食べたいという欲望の表現である大前提と結びついて食べる行動を生む(意志の弱さ)かの違いを問題にできると解釈した。 この解釈は専攻論文によって確立される必要があるが、上記解説はこの線の解釈の基本アイデアを説明したものである。 第二の目的は、倫理学講義が若者に考えさせるという意義を持つものであると示すことであった。これも光文社『二コマコス倫理学』上下巻解説で果たした。第三の目的のアリストテレスの心の哲学の研究準備も進めており、平成28年度に最初の成果を発表できる見込みである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
実施計画通り、無抑制論解釈を示すことができ、その解釈において、厳密な意味での「エピステーメー」である理論的学問知識の問題として解釈されてきたため「エピステーメー」の意味の「知る」は小前提(「これは甘い」というたぐいの個別状況の個別的認識)とは結びつかず、「これを食べる」という結論命題ないしこれを食べることと結びつくと結論付けられた(チャールズ、ローレンツ)のに対し、「エピステーメー」の実践の局面での拡張的用法においては、小前提における個別認識が心と身体が両方絡む過程の文脈で果たす役割を論ずることができ、したがってチャールズたちの指摘を受け入れても「エピステーメー」の文脈的に特殊な意味を勘案すると、心身因果の積極的評価を鍵として伝統的な「小前提重視解釈」を擁護できるという趣旨の解釈を示した。これを哲学的・文献学的に完全に正当化できれば、①『二コマコス倫理学』第7巻第3章の解釈として伝統的に有力であった要素をすべて確保しつつ、②チャールズとローレンツの新視角がいう「エピステーメーは体系的理解であること」をも一定の変形の下で受け入れることができ、かつ③アリストテレスの無抑制論が現代的心身論の観点から正当化可能であり重要であると示すことができる。 ただし以上の①~③のすべての論点を私はまだ完結した解釈論文の形では発表していない。第6巻解釈と結びつけた第7巻第3章解釈の本格的専攻論文によって、アリストテレスの議論の意義のより詳しく明確な表現を提出するという課題が残る。この課題はあるが、逆に『二コマコス倫理学』光文社古典新訳文庫上下巻解説全体を通して、アリストテレスの倫理学説が健全な心身関係理解に基づいており、教育実践としての価値をもつと論ずることができたことは、当初の計画をはるかに超えた成果である。両面を合わせて、「おおむね順調」と評価できると考える。
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Strategy for Future Research Activity |
アリストテレス心身論研究で予定していた『二コマコス倫理学』研究は、無抑制論の本格的専攻論文完成のみ残して(解釈の大筋は示すことができている)、目的を果たすことができたので、当初計画通り、平成28・29年度の後半2年間はアリストテレス『魂について』(および『自然学小論集』と『動物の運動について』)における心の哲学の触覚論と欲求論における心身関係論を検討する。 実施計画と順番を変え、平成28年度は『魂について』第3巻第8章以後および『自然学小論集』および『動物の運動について』における欲求論を解釈し、欲求論におけるアリストテレスの心身関係把握の特色を解釈論文において明示する(実施計画において予定していた触覚論解釈は平成29年度分の研究とする。順番変更の理由は、平成27年度の無抑制論解釈が、実践三段論法という行為説明図式についての新しい理解とつながる見通しが立ったため、欲求論解釈への直接のヒントを与えてくれたことによる)。 この順番の変更は、もともと平成28年度に実施を予定していたアリストテレスの触覚論と理論的知性の議論の解釈にも、新たな光を当てる結果となるはずである。なぜなら、世界のものに「ふれて」世界のものを媒介なく知性的に直接把握することは、理論哲学において解明する課題であるとも言えるが、人間と他の動物が共有する「個別的状況における実践の始まり」を捉えるという、実践哲学の課題であるとも言えるはずであり、本研究課題は研究の進展に伴い、心の解明におけるそのような実践哲学の重要性自体をより明らかにする見込みを得たと思われるからである。
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Causes of Carryover |
購入予定であり注文済みであったアリストテレス哲学関連の海外図書1冊が平成27年度内に出版されなかったため。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
上記図書が平成28年度出版される見込みなので同書購入に充てる。
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Research Products
(7 results)