2014 Fiscal Year Research-status Report
多元的な近代の宗教性をめぐる総合的研究―宗教概念・宗教的なもの・市民の倫理
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26370023
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Research Institution | Kyushu University |
Principal Investigator |
鏑木 政彦 九州大学, 比較社会文化研究科(研究院), 教授 (80336057)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 宗教的なもの / 宗教と政治 / 世俗化 / 市民倫理 / 多元的な近代 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、いわゆる「世俗化」の展開過程を、近代における新たな宗教概念の多元的な構築過程とみなし、その過程を、①プロテスタント的な宗教性の多元的な展開、②新たな宗教性からこぼれ落ちる神話的なもののナショナリズムなどの政治イデオロギーの関係、③多元的な宗教性からなる現代社会に生きる市民的倫理という3点から総合的に探究することである。 ①については「ニーチェ―「神の死」以降の宗教と国家」において、ニーチェのルサンチマン宗教としてのキリスト教批判が、逆説的に新たな宗教性を予兆するものであり、その新たな宗教性のもとで人間がとりむすぶ政治的関係がいかなるものかを究明した。本研究は、英米圏で盛んなニーチェの政治理論的な研究を踏まえつつ、ドイツ思想史と宗教思想研究の方面からの検討も加えた独自の成果である。 ②については、本研究の遂行過程で、日本のアジア主義者の言説がイスラム主義に類似していることに気がつき、アジア主義とイスラム主義との比較により、新たな宗教性からこぼれ落ちる神話的なものと政治イデオロギーとの結びつきを解明できるのではないかという見通しをえ、アジア主義に関する文献の収集と調査を行った。研究対象を位置づける文脈を探り当てることができたことがここでの成果である。今後は特に大川周明について研究を進める計画である。 ③に関するものとしては、ハーバーマスの重要論文の翻訳を出版し、市民倫理とイデオロギーに関わる「想像力」の概念史研究を取りまとめることができた。その中で、チアラ・ボティッチ(Chiara Bottici)の研究を通し、「想像力」と「イマジナリー」を媒介する、アンリ・コルバンの「イマジナルなもの」という概念と出会った。これは多元的な宗教性の構築とその政治イデオロギーや市民倫理との関係を解明し、本研究全体を貫く軸となることが見込まれる概念の発見である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成26年度の計画としては、研究実績の概要で述べた①のプロテスタント的な宗教性の多元的な展開の究明を中心に行うこととし、その成果として想定している研究書の執筆に着手することを目的としていた。平成26年度にはニーチェ研究を発表することができたが、ニーチェの他に、これまで研究論文として公表してきたディルタイ、カッシーラーなどのドイツ系の思想や、エマソン、W.ジェイムズなどのアメリカ系の思想を、世俗化のもとにおける新しい宗教概念の構築過程という大きな流れとして捉え直すために、これまでの研究成果を精査しているところである。概ね計画どおりの進展といえる。 ②の新たな宗教性からこぼれ落ちる神話的なもののナショナリズムなどの政治イデオロギーの関係については、もともと日本の思想家を研究対象にする計画で、和辻哲郎と柳田國男を想定してきたが、研究実績の概要にも述べたように、大川周明を研究対象とすることとし、先行研究の調査と資料の読解作業に入ったところである。平成26年度中に取り上げる思想家を絞るという計画であったので、ここも概ね計画どおりの進行であるといえる。 ③の現代社会に生きる市民的倫理については、平成26年度の作業計画としては、ハーバーマスの宗教論をフォローし、文献収集をすることを大きな目的としていたが、「想像力」の概念史研究において、現代市民に求められる倫理に関して、ヌスバウムやボティッチなど最近の欧米圏の研究成果を学び、「イマジナルなもの」という概念を探り当てることができたのは本研究の進行の上で突破口となる発見であった。 全体をまとめると、③で発見した「イマジナルなもの」を軸に、これまでの研究成果を精査しつつ研究書をとりまとめる①の作業をすすめ、さらに②において新たな研究を開拓するという循環を確立できたといえ、おおむね順調に進展していると判断する。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究の目的は、①プロテスタント的な宗教性の多元的な展開、②新たな宗教性からこぼれ落ちる神話的なもののナショナリズムなどの政治イデオロギーの関係、③多元的な宗教性からなる現代社会に生きる市民的倫理という3点から近代における宗教性を総合的に研究することである。研究を進める上で重要なことは、政治と宗教、歴史と理論など異なる研究領域とされるものをいかに連結させ、多元的な近代の宗教性を描き出せるかである。上記の「現在までの達成度」において記したように、③で発見した「イマジナルなもの」を軸に、これまでの研究成果を精査しつつ研究書をとりまとめる①の作業をすすめ、さらに②において新たな研究を開拓するという循環を確立できたので、研究計画を変更することなく、研究を継続したい。具体的には、3つの課題を連結させる鍵概念となる「イマジナルもの」を研究のための統合的観点として設定し、これまでの思想史的な個別研究成果を精査しつつ、研究成果として想定している研究書のための原稿執筆をすすめたい。
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Causes of Carryover |
次年度使用額として発生したのは、1741円である。これは、出張旅費の他、研究に必要な図書を効率的に購入した結果、残った金額である。この金額を当該年度内に使用することは、購入できるものが極めて限定されるので、研究を推進することには必ずしも寄与しない。翌年度分の助成金と合わせて、高価な図書の購入に使用する方が、研究の遂行に役立つと考えられたので、次年度使用とすることにした。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
本研究の遂行のためには、欧米圏で発行される数多くの研究書が必要となるので、翌年度分として請求した助成金と合わせて、図書の購入に使用する計画である。
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Remarks |
オリジナルな成果ではないが、研究の一環として、次の翻訳を行った。 ユルゲン・ハーバーマス「公共圏における宗教―宗教的市民と世俗的市民による「理性の公共的使用」のための認知的前提」、島薗進・磯前順一『宗教と公共空間―見直される宗教の役割』東京大学出版会、2014年、91-127頁。
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Research Products
(1 results)