2016 Fiscal Year Research-status Report
多元的な近代の宗教性をめぐる総合的研究―宗教概念・宗教的なもの・市民の倫理
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26370023
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Research Institution | Kyushu University |
Principal Investigator |
鏑木 政彦 九州大学, 比較社会文化研究院, 教授 (80336057)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 宗教と政治 / 宗教的なもの / 宗教概念 / 世俗化 / 多元的近代 / グローバルな思想史 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、いわゆる「世俗化」の展開過程を近代における新たな宗教概念の多元的な構築過程とみなし、その過程を (1)プロテスタント的な宗教性の多元的な展開、 (2)新たな宗教性からこぼれ落ちる神話的なものやナショナリズムなどの政治イデオロギー的展開、 (3)多元的な宗教性からなる現代社会に生きる市民的倫理という3点から総合的に探究することである。平成28年度は、これまで研究を進めてきた個別の事例を包括する思想史的な枠組みに関する研究を進め、次に述べる「眼差しの交錯としての宗教と政治思想の歴史」という着想を得て、研究を取りまとめる方向性を定めた。 「眼差しの交錯」は2つの局面からなる。第1局面は、西洋の非西洋世界に対する眼差しと、非西洋世界の西洋への眼差しの交錯である。16世紀以降、世界に進出する西洋人は非西洋世界における「宗教」に相当するものを発見し、キリスト教をモデルにそれらの価値を評価する。他方、非西洋世界は西洋の宗教の奇なる教えへの違和感と科学の力への驚嘆という複雑な眼差しを構築する。 第2局面はより複雑となり、西洋人の西洋化された非西洋(エリート層)への眼差しと後者の前者への眼差しの交錯、及び西洋化されない非西洋(民衆層)の西洋人とエリート層への眼差しの交錯である。非西洋知識人は文明国家となるために「宗教」を構築する。その構想は、近代文明がもたらす個人化の趨勢や科学的思考との対決という課題を背負っており、それらへの対応の違いによって、大きく進歩派と伝統派が分かれた。以上の西洋と非西洋の間で典型的に生じた眼差しの交錯は、西洋世界の内部においても対照性がそれほど明解ではない形で展開した。 平成28年度は、以上の「眼差しの交錯」という枠組みにより、近代の多元的な宗教性を解明するための、一国思想史を超えた、グローバルな思想史の構築の手がかりを得たことが最大の成果である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
平成28年度計画としては、それまでのドイツ、アメリカ、日本に関する個別研究をもとに、それぞれの新体制期、つまりナチズム、ニューディール、昭和維新における宗教思想と政治との関係を究明する方向で研究を推進するとしていた。しかし、それぞれの宗教的文化を背景にした個々の事例を結びつけ、関連性のある思想史として描き出すことの困難に直面し、研究視座の獲得のためにあらためて思想史研究や宗教概念研究を渉猟した。その結果、研究実績の概要に述べた「眼差しの交錯」という視点を獲得することができた。今後は、これまで個別に研究してきた思想家を、眼差しの交錯という視点から分析し、それらを織り合わせることによって、近代における宗教の多元性をその歴史的背景の襞に分け入りながら描き出すことが課題となる。 現在までのところ、この研究の始点として定めているマルティン・ルターとエラスムスの「自由意志論争」を再読し、キリスト教思想史の文脈では「すれ違い」とされるこの論争が、政治思想的文脈に置き換えられてみる時に異なった重要な意味を帯びることを確認した。本研究は、16世紀のこのキリスト教会内部の「眼差しの交錯」を出発点とし、その後のキリスト教の世界的拡大とともに「眼差しの交錯」がどのように展開していったのかを、これまで個別に研究を進めてきた知識人・思想家を研究対象として分析する。 序章の草稿となる文章は執筆済みであるが、新たに設定された枠組みでの分析は着手したばかりであるので、上記の進捗状況区分と評価するが、本研究の目的としていた単著の執筆に向けての基本的な視座と枠組みが設定されたので、残る期間においては原稿の完成に集中して取り組む計画である。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究は、近代社会における政治と宗教の関係の特徴から、近代をプロテスタント的近代として捉えつつ、そのあり方が多様であることに注目して、この多元的な近代のもとで宗教性がどのような展開を経て来たのかを、特に近代国家における市民のあり方に即しつつ解明することを目的とする。この目的を達成するために、本研究は「眼差しの交錯」という観点から、次の3つの宗教性の諸形態、すなわち、古プロテスタンティズムがもとになるドイツ的形態、新プロテスタンティズムが基調となるアメリカ的形態、そして非キリスト教圏における近代日本知識人のプロテスタント的な宗教構想に注目し、それぞれの成立から展開へと至る過程を描き出すことを目指している。 ところで、本研究が取り組む宗教と政治に関する研究は欧米の研究が質量ともに圧倒的に高い水準にある。しかしながら、本研究の採用する「眼差しの交錯」がもっともドラマティックに展開するのは西洋と非西洋との間である。そうしたこともあり、日本においても近年、政治と宗教に関する注目すべき数々の研究が発表されている。そこで本研究は、これらの成果を吸収することによって、欧米の研究では十分に解明されてこなかったアジアにおける「眼差しの交錯」の解明を視野にいれ、グローバルな宗教と政治の思想史の叙述に挑みたいと考えている。例えば日本政治思想研究者の渡辺浩氏が解明しているように、明治初期の日本の知識人は、西洋の「宗教」に対して、儒学的教養に基づいて「教え」としての「宗教」を構築しようとした。今後の研究の推進においては、このような点にも注目し、欧米の宗教研究で十分にカバーされていないアジア・日本の思想史を重視した分析を実行していきたいと考えている。
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Causes of Carryover |
本研究で必要となる資料は、宗教と政治思想に関する広範な領域にわたる数々の研究書である。それらは高価であることが多いため、配分された予算を効果的に使用するためには、当該年度で必要性の薄いものを購入するよりも、次年度使用額として効果的に使用することが適切であると判断した。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
上記のように、本研究では宗教と政治思想に関する後半な領域にわたる研究書が必要なので、その購入のために使用する計画である。
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Research Products
(3 results)