2016 Fiscal Year Research-status Report
フランス植民地史研究と歴史認識-サハラ以南アフリカを手がかりに
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26370874
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Research Institution | Musashi University |
Principal Investigator |
平野 千果子 武蔵大学, 人文学部, 教授 (00319419)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 歴史認識 / フランス植民地 / サハラ以南アフリカ / 植民地史 / 帝国史 / 「黒人」認識 |
Outline of Annual Research Achievements |
平成28年度は雑誌論文1点、および書評2点を成果として公刊することができた。ここでは論文を取り上げる。フランスで1848年に奴隷制が最終的に廃止された際、それを記したデクレの第7条に次のような文言があった。「フランスの地に足を踏み入れた奴隷は解放されるという原則は、共和国の植民地と海外所領に適用される」。この原則が何かを論じたのが「奴隷制時代のフランスにおける「黒人」――見えないものから見えないものへ」である。 近年の研究によれば、フランスでは16世紀後半から17世紀前半にかけて、現実との齟齬はともかく、自由の地フランスという原則が根づいていったと考えられている。それは大西洋を隔てたカリブ海植民地を中心とする地域で、黒人奴隷制が開始され発展していった時期に重なっている。植民地の開拓が進んで奴隷が増えていくと、奴隷を本国に連れ帰る主人も増えてくるが、王国政府は徐々に奴隷、すなわち「黒人」は本国に足を踏み入れても解放されないという方向に舵を切り、18世紀後半には「黒人」のフランスへの入国を全面的に禁じる法を制定した。他方で、フランスは奴隷を解放する自由の国であるという「神話」は根強く残り、植民地とは異なる法令においてもこの原則が喚起される状況となっていた。そのことが1848年の奴隷制廃止に際して、フランスがこの原則を植民地にも適用して奴隷を解放する、という文言につながったと考えられるのである。これは昨年度の研究成果とも合わせ、今後の研究の方向性を見定める上で重要な論点となる。 平成28年度末にはフランスへの短期の出張も行った。フランスにおける植民地支配の歴史認識を歴史的にたどるのに加え、同時代の認識を追っておくことが本研究の進展には重要である。出張の折に、21世紀に入って関心の高まった歴史をめぐる「法制化」に関する資料調査を進めることができたのは、今後の準備として有益であった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究はサハラ以南アフリカにおもな焦点を当てて、フランスの植民地支配の過去をめぐる歴史認識を問うものである。この地に注目する主たる理由は、支配と被支配という二項対立で語られがちな植民地時代の状況、さらにはその歴史認識を相対化しうる地域と考えられることにある。 これまでのところフランスの歴史認識の形成を考える一つの事例として、第一次世界大戦における仏領アフリカについて単著一点を上梓した。また現代フランスに残された旧植民地の位置づけ、またそれから考えられるフランスの歴史認識についても、近年新たに「海外県」となったインド洋のマイヨットの事例を扱う論文を公刊した。加えてアフリカの特徴を確認するために、アフリカをルーツとする人びとの生活の場であるカリブ海の事情を継続的に探求している。研究を進める過程で、当初起点として設定した第一次世界大戦をはるかに遡って考察することが、本研究にはより有意義であると気づかされた。平成28年度に「奴隷制時代のフランスにおける「黒人」」という論考を刊行したのは、そうした問題意識に基づくものである。「黒人」と総称される人びとの法的位置づけは、これまで盲点となってきた側面であり、この点を歴史的に検証した本論文は意義あるものと考えている。また、フランスの歴史認識の硬直性の根拠を、はるか近世に遡ってこうした角度から確認できたのは、大きな収穫であった。 以上を当初の目的に照らし合わせて考えると、今日のフランスの歴史認識を確認し、それが歴史的に形成されてきた側面の事例検証を行っただけでなく、歴史的な人種観およびその形成の過程について、それなりの成果を上げることができた。またカリブ海地域を視野に入れるという課題については、「黒人」観をめぐる状況から、その一端を達成することができた。これらはいずれも、他の帝国史との比較の材料を提供するものである点を記しておきたい。
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Strategy for Future Research Activity |
最終年度となる平成29年度は、これまで蓄積してきた研究成果に一応の区切りをつけるため、大きく2つの目標を考えている。第一に、今日における歴史認識の再確認である。歴史的な形成をある程度追ってきた現段階で、こうした作業はぜひ必要となろう。それにあたって、近年の法制度をめぐる言論状況を素材としてとりあげる。現代の法制度に関しては論文を一点、過去に上梓したことがあるが、そこでは十分に触れられなかった法を含め、新たな角度から検討する。現代社会で起きるさまざまな事象のなかには、表面的には植民地とは無関係に見えるものの、深部においてつながりがあるという類のものもある。それらは十分に考察しなければ、気づかないまま見過ごしてしまう可能性がある。複雑な過去が今日、どのような衣をまとって表出しているのかを、法を通して具体的に検証したい。 第二に、遠大な試みではあるが、歴史の書き換えの試みに着手することである。植民地をめぐる歴史認識を含めて、今日どのように「フランス」の歴史を書きうるのかは、本研究がたどり着くべき重要な問いである。本研究が問題設定で示したように、サハラ以南アフリカは一つの手がかりを提供してくれるが、それを個別の事例で示す作業はある程度、積み重ねてきた以上、こうした論点が、従来書かれてきたいわゆる「フランス史」の内実にいかに変更を迫りうるかは、歴史認識を研究する上での大きな課題となろう。 それにあたっては、本研究ですでに一部実現しているように、サハラ以南アフリカ以外の植民地に比較の地平を開くことも鍵となる。本研究では当初、起点として第一次世界大戦を設定したが、他地域も視野に入れるなら、結果としてこの時期を遡る必要も出てくるだろう。昨年度、旧奴隷植民地をめぐって近世を舞台とした状況を論文に認めたのはその一例である。今後はそこで得た知見を基に、20世紀に至る時期を着実に探求していきたい。
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Causes of Carryover |
本研究はフランスの植民地支配をめぐる歴史認識について、サハラ以南アフリカに焦点を当てて考察するものである。この地の状況をより鮮明に把握するには、フランス帝国内での比較の視点も重要となる。そのため「黒人」という存在が一つの共通項となる、カリブ海の旧奴隷植民地も念頭に置いていた。しかし具体的に研究を進める過程で、さらにフランス植民地全体へと視野が開かれていった。フランス帝国内には有形無形のつながりがあり、歴史認識のようなテーマを考える場合、それらに必然的に視線が導かれる結果となったからである。同時に、当初はフランスにおいてサハラ以南アフリカの重要性が認識され始める、第一次世界大戦以降を時代として想定していたが、他地域の植民地化の状況を考えれば、19世紀以前に遡ることがより有意な成果を得られるという認識にいたった。そうした全体像のなかで本研究のまとめをする時間的余裕を得るべく、期間を延長した。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
本研究の最終年度である平成29年度には、おもに次の2点の使途を予定している。第一に、フランス史が今日どのように語られているのか、あるいはフランス史自体がいかに語られ直そうとしているか、という視点から、充実した文献の確保に努めることである。本研究ではサハラ以南アフリカを中心に資・史料収集をしてきたが、フランスの植民地支配をめぐる歴史認識を探究することの最終目標は、宗主国の「国民史」がいかに書かれているかという問いにつながっていく。そのためまずは、二次文献にみられる研究の進展を追っておく必要があるからである。第二に、改めてフランスでの史料調査のため、海外出張を行う予定である。見落としたものがないかなどの確認が主要な作業となるが、その過程で新たな史料を発掘することもあるだろう。それは本研究の次の段階に、いかなる展望が可能かを見定めるのに資するはずである。広い視野で、最後の年度を締めくくりたい。
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Research Products
(3 results)