2016 Fiscal Year Research-status Report
慣習文化と宗教のダイナミクス-ラ・ガリゴ叙事詩の世界遺産化と地域文化の創造
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26370954
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Research Institution | Tokyo Metropolitan University |
Principal Investigator |
伊藤 眞 首都大学東京, 人文科学研究科, 客員教授 (60183175)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | インドネシア / 慣習文化 / 伝統宗教 / 芸能・芸術 / スラウェシ / 世界記憶遺産 / 『イ・ラガリゴ』叙事詩 / 国際情報交換 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度の活動内容は次の通りである。第一に、マカッサルのハサヌディン大学文化学部を拠点にイ・ラガリゴ叙事詩に関わる論文、新聞記事などの資料を同大学図書館、その他文化関連の諸機関で収集した。イ・ラガリゴ叙事詩に関する論文の多くは文献学的手法に基づくものであり、比較神話や社会構造に焦点を当てるような人類学的アプローチは極めて少ないことが判明した。第二に、国立文書館マカッサル分館において、イ・ラガリゴ叙事詩稿本のカタログを精査した。稿本の多くはすでにマイクロフィルム化され所蔵されていること、イ・ラガリゴ稿本の原本、写本はまだ地方に散在しているものの、その半ばは、一般に「ガリゴ」と称される「三毛猫の物語」であり、本来のイ・ラガリゴ叙事詩に関わるものではないことが判った。第三に、ブギス語の高等教育機関としては唯一であるハサヌディン大学地域文学科の授業を参観し、ブギス語教育の現状を把握した。学生のブギス文字の読み書き能力は必ずしも高くないこと、その一因としてブギス文字の表記法と発話との間に乖離があることが指摘された。そのため、一部では新しい表記法が試みられていることも判った。第四に、イ・ラガリゴ叙事詩の世界記憶遺産化の影響を知るために、文学や演劇活動に注目した。同叙事詩の小説化、エピソードの演劇化などの試みが若い作家に見出された。第五に、前イスラーム的なトロタン信仰とイ・ラガリゴ叙事詩の関係について資料収集を進めた。トロタン信仰地域において同叙事詩は信仰対象というよりも、前イスラーム的信仰全体を指すシンボル的な意味を有しており、叙事詩の民俗知識は殆ど他地域と変わるところはない。一方、イスラームが強いといわれる地域においては、イ・ラガリゴ叙事詩を信仰対象と結びつけて捉えようとするインフォーマントは殆ど見られず、むしろ文化資源として捉えようとする見方が一般的であることが観察された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
交付申請書に記した当初の予定から一部方針を転換し、シドラップ県でのトロタン信仰に関する調査は短期的な調査にとどめ、若い世代に見られる文化活動の実態把握、観察により多くの時間を配分するようにした。その理由は、トロタン信仰がイ・ラガリゴ叙事詩と結びつくものであると他地域の人々からは見なされているものの、実際はトロタン信仰の対象はイ・ラガリゴ叙事詩と直接関わるものではなく、叙事詩に関する民俗知識は、必ずしも他地域と変わるものではないことが短期調査を通じて判明したためである。 一方、若い世代による文化活動は、演劇、文学、セミナー開催などかなり多様化している。例をあげるならば、アメリカの演劇家によるイ・ラガリゴ叙事詩の演劇化に触発され、自ら長大な脚本を書き上げ約100人近い学生を登場人物として動員した学生演劇や歌・舞踊によるイ・ラガリゴ叙事詩の演劇表現も試みられている。イ・ラガリゴ叙事詩を題材にした小説化の試みは、それ以前にはその名前しか知らなかった多くの人々にイ・ラガリゴ叙事詩への関心を高めさせるのに貢献している。さらに毎年マカッサルで開催される「国際マカッサル作家フェステバル」では、マカッサル出身の文化関係者に交流の場を提供するとともに、イ・ラガリゴ叙事詩のインドネシア語翻訳に晩年を費やした故ムハマッド・サリム氏の活動の映像化を通じて、イ・ラガリゴ叙事詩への関心を普及させるのに貢献している。以上の例にあるように、イ・ラガリゴ叙事詩の世界遺産化に触発されたと考えられる文化活動を観察することに調査の比重を移した。
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Strategy for Future Research Activity |
最終年度としてとくに注目したいのは、前年度までに実施してきた調査の補足調査をおこなうとともに、次の点である。 第一に、とくに最近活発化している若い世代による文化的諸活動の観察を通じて、とくに若い世代にどのような文化的意味/価値を見出そうとしているかについて、観察、聞き取り調査を通じて調査を行うことである。 第二に注目したいのは、若い世代の創作活動を支えている地元の中小出版者の活動である。インドネシアでは、書店の大型化、フランチャイズ化が進んでいるが、その一方、大型書店の店頭には並ぶことのない地元出版社の活動に焦点を当てる。 第三に、市県、あるいは州政府が主催する文化フェスティバルにおいて、イ・ラガリゴ叙事詩に代表される文化的伝統がどのように位置づけられるかについて、フェスティバル主催者側から聞き取り調査をおこなう。 第四に、現地の研究協力者であるハサヌッディン大学ヌルハヤティ教授、ディアス上級講師らを囲み、イ・ラガリゴに関するセミナーを開催する(2017年12月頃を予定)。
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Research Products
(4 results)