2015 Fiscal Year Research-status Report
フランス中等教育における文学教育:文学遺産の形成・継承・課題
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26381243
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Research Institution | The International University of Kagoshima |
Principal Investigator |
飯田 伸二 鹿児島国際大学, 国際文化学部, 教授 (60289650)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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Keywords | 文学遺産 / フランス / 抜粋選 / 教育の民主化 / 文学教育 / 前期中等教育 / コレージュ / 教科書 |
Outline of Annual Research Achievements |
前期中等教育による文学遺産の形成過程を追跡するため,リヨンの教育図書館に赴き,主に1930年代後半から1970年代半ばに主要教科書会社(ボルダス,コラン,アシェット,ナタン)が刊行したコレージュ用フランス語教科書の内容を,主に第1学年について調査・分析した。結果は「「抜粋選」とは何か:その歴史的役割をめぐって」『Stella』34号,39-55頁に発表した。以下その概要を報告する。 当時のカリキュラムでは,コレージュの全学年において,「17世紀から今日にいたる韻文および散文による抜粋選」が学習項目に明記されている。このように全学年にわたって設けられている学習項目は唯一抜粋選だけである。しかも,カリキュラムでは一項目に過ぎない抜粋選は,教科書では非常に大きなウエイトを占めている。教科書全体に抜粋選が占める割合は,コレージュ第1学年の場合,30~60%台と大きなばらつきがあるが,他の学習項目と比較すると破格のページ数である。 また,抜粋選の内容にも興味深い事実が指摘できる。17~20世紀という時代設定にもかかわらず,収録テクストの圧倒的多数は,19・20世紀に書かれた文学作品なのである。文学的教養の涵養を使命とする中等教育の教科書において,出版社を問わず,テクストの選択がここまで近・現代に偏っているのは,注目すべき事実である。さらに,個々のテクストが扱うテーマにも,田園風景,家族,学校,異国のエキゾッチクな風物・動物など,生徒の生活世界,関心事に近いものが多数選ばれている。 以上の考察から,抜粋選が20世紀の中盤で果たしてきた歴史的役割が浮かび上がる。すなわち,抜粋選とは文学的教養の教授という従来の中等教育の使命に配慮しながらも,初等教育後にも子供に勉学を続けさせようとする,20世紀の社会からの学校への新たな要求に対応しようとする行政サイドの具体的な答えの一つなのである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
資料の収集,分析は若干遅れ気味である。例えば,前期中等教育の学年別の調査状況という視点からすると,コレージュ第1学年に作業が偏っている。また,年代という視点からすると,統一コレージュ施行(1977年)後の教科書の分析は,未だに部分的なものにとどまっている。 一方で,限られた資料の分析ではあるが,20世紀以降のフランス中等教育における国語教育の変遷を考える上で,貴重な視点も獲得できた。フランスの中等教育では何より文学的教養の伝達が重視される,というのが従来の定説であった。また,その伝統の支えがあるからこそ,学校が文学遺産・文学カノンの形成・伝達に重要な役割を果たしてきたと考えられてきた。同時に,中等教育は初等教育とは大きく目的を異にし,エリート形成のための教育制度であると考えられてきた。しかし,抜粋選の内容,教科書に占めるウエイトを調査・分析することで,フランスの国語教育の一般的な理解に再検討を迫る新たな視点を提供できた。 おそらく,フランス特有の古典重視の文学教育は,20世紀半ばから,社会・産業構造の変化に伴い,民主化の試練にさらされることになる。この試練の中で,1985年のカリキュラムはコミュニケーション能力の養成を柱とすることになるであろう。一方で,学校における文学遺産の形成は,第二次世界大戦以降,古典重視の伝統と民主化への対応との緊張関係の中で展開されることになる。その緊張関係の存在を明らかにし,かつその関係の解明の糸口がつかめた点において,27年度は貴重な1年であった。
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Strategy for Future Research Activity |
科研費の補助を受けての研究期間はあと1年である。この1年間では,調査・分析の対象を2009年から施行されている現行カリキュラム,及び同カリキュラムに準拠した教科書にまで広げる(ただし,小学校,コレージュでは,2016年9月の新学期からカリキュラムの全面改訂が予定されている)。 抜粋選は,統一コレージュが施行された1977年以降,カリキュラムから姿を消した。例えば,2009年のカリキュラムとそれに準拠した教材を管見する限り,今日の国語教育は抜粋選が編まれていた時代の教育と比べると,はるかに古典重視・古典回帰の傾向が顕著である。この背景にはフランス社会が1970年代以降,劇的に変容したという事情がある。 一方では,フランスの伝統的文学的遺産と社会的・地域的な隔たりのある生徒の数は減少した。他方,フランスの伝統と民族的・宗教的に隔たりのある移民の2世代目,3世代目の生徒は確実に増加している。また,産業構造の変化により失業者は増加した。保護者が失業中という家庭は身近な現実になった。また,家族の変容による一人親家庭,ステップ家庭も増加している。 こうした社会の急激な変化の最中に,地域,社会の伝統を語るテクストを多数収録していた抜粋選を教科書編集の柱として保持することが困難なことは想像に難くない。 それ故,中等教育のハイカルチャーと,ハイカルチャーから社会的,文化的に隔てられている庶民層をつなぐ架け橋の機能を果たしてきた抜粋選の役割を,1980年代年以降は何が担ってきたのか,また担ってこなかったのかを問いながら,資料の調査・分析を進めることが重要である。
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Causes of Carryover |
次年度使用額が生じた主な原因は以下の2点である。 平成28年3月に予定していたフランス共和国リヨン市にある教育図書館での資料調査を延期した。またフランスの小学校,コレージュで平成28年9月の新学期から施行が予定されている新カリキュラムに準拠した教科書,教材購入のため,平成27年度は文献の購入を必要最小限に抑えた。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
平成28年度は夏季休暇を利用してフランス共和国リヨン市にある教育図書館で資料調査を行う。また新カリキュラム対応の教科書,教材を体系的に収集する予定である。
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Research Products
(1 results)