2014 Fiscal Year Research-status Report
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26580002
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
高山 守 東京大学, 人文社会系研究科, 名誉教授 (20121460)
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Project Period (FY) |
2014-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | 手話言語 / 抽象表現 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、手話という特有の形態の言語に関して、その哲学表現の可能性を探究し、それによって、手話言語そのもののもつ独特の意味論的な体系性をとらえるとともに、哲学そのものの新たな表現形態の可能性を探るというものである。この目的を達成するために、初年度である本年度は、「哲学手話の会」という会を九回にわたって開催し、ろう者、難聴者、聴者が一堂に会し、哲学的なテーマをめぐって自由な論議を展開した。そのテーマとは、「生きる」「死ぬ」「悪」「心」「幸せ」「自分らしさ」「神」等である。こうした論議のなかで、表現形態の際だった差異が、ときに即座にも明らかになった。たとえば「心」だが、日本語では、「心のこもった」「心ない」「心もとない」「心を砕く」「心残り」等々の特有の表現がある。この諸表現に対応する手話表現は、「心」という単語を必ずしも使わないという点で、際だった異なりを見せる。つまり、日常生活における非常に重要な心情表現に使用されるとともに、哲学的にも重要概念である「心」なるものの了解形態が、手話言語においては明確にズレる。このズレの問題は、「心はどこにあるのか」という一種哲学的な問いに対しても現われる。日本語表現においては、「心」とは言語的に広い外延をもち、それゆえに、その存在場所が問題になりうる。それに対して、手話言語においては、「心」という語は、相当程度限定的に使用され、しかも、その語自体が、場所的限定によって表現される。そうである限り、手話言語において、目下の問いは、二つの点で意味を失いうる。一つは、答えが自明であるという点で、一つは、手話言語においては、まったく異なった表現形態の問いへと変容しうるという点で。他の語に関しても、同方向での探究を進めることにより、本研究の目的の一端を確実に果たしうると考える。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
初年度である本年度の目標は、哲学的な諸問題に関わりうるさまざまな抽象表現が、手話言語において、どのように表現されるのかという観点から、当の諸表現をできるだけ多数収集することであり、また、収集しつつ、手話言語表現における特有性を、単語レベルおよび文レベルでできる限り特定すること、さらには、その特定された特有性を哲学的な観点から分析し綜合するという、その可能性を探り、その分析・綜合に関し、一定の方向性を得ることである。この点で、当の目標は十分と言いうる程度に達成されたものと考える。というのも、繰り返しになるが、本年度は、「哲学手話の会」という会を九回にわたって開催し、ろう者、難聴者、聴者が一堂に会し、哲学的なテーマをめぐって自由な論議が展開されたが、その論議がビデオ撮影されて収録されたからである。そのテーマとは、これも先に述べたが、「生きる」「死ぬ」「悪」「心」「幸せ」「自分らしさ」「神」等であり、毎回活発な議論が二時間にわたりなされたことで、哲学的な諸問題に関する手話言語特有の諸表現が、当面十分に収集された。さらにそれのみでなく、手話言語表現の特有性を特定し、それを哲学的な観点から分析し綜合する可能性を探り、その探究の方向性を得るという点でも、当面十分な成果が上がっていると考える。というのも、さまざまな語の手話表現における特有性がすでに特定されるとともに、日本語のさまざまな語が、手話言語において多様な語へといわば解体し、それによって別様の体系性を示すということが、見通され始めているからである。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究については、まずは、これまでの成果を基盤として、これまでにも遂行してきた方向での研究を継続する。すなわち、哲学的な諸問題に関わりうるさまざまな抽象表現に関し、手話言語による表現の特有性を、単語レベルおよび文レベルでできる限り特定し、その特定された特有性を哲学的な観点から分析し綜合するという可能性を探る。また、この探究をさらに集中化し深めるために、これまで開催していた「哲学手話の会」とは別の形態の会を企画しており、その開催の準備がすでに完了している。その会とは、<「命」をめぐる手話表現検討会>と題しており、手話言語を母語とする方(いわゆるネイティヴ・サイナー)6名が集まり、二時間にわたって、日本語で「命」という語をもって表現される諸問題を、もっぱら手話言語で表現し、論じ展開するというものである。これによって、哲学的な諸問題に関する特有の手話表現が集中的に取り集められ、それによって、その特有性の分析・綜合の方向性が一層明確になることが期待されうる。もとより、「哲学手話の会」も継続開催する予定である。また、言語学的な観点からではあるが、ドイツ・ハンブルク大学に帰属する、ヨーロッパにおける手話研究の一つの中心をなす「ドイツ手話研究所」の前所長である、R.フィッシャー氏が私の遂行する研究と同方向での研究を遂行しており、すでに十分な成果を挙げている。今後は、氏と研究交流することを通して、さらに研究の見通しを明確化するとともに、一定の研究成果をとりまとめたい。
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Causes of Carryover |
今年度に予定していたネイティヴ・サイナー(手話言語を母語とする人たち)の会が、次年度送りになったこと、また、当初参加を予定していた学会が、他の研究行事日程と重複したため、当の学会に参加できず、旅費の支出が予定を下回ったことによる。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
次年度送りになった会を開催すること、および、ドイツへの研究出張を行なうということにより、当該額を有意義に使用する予定である。
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Research Products
(2 results)