2022 Fiscal Year Annual Research Report
細胞質中の非熱揺らぎの実態とその有用性の情報熱力学解析
Publicly Offered Research
Project Area | Information physics of living matters |
Project/Area Number |
22H04848
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Research Institution | Kyushu University |
Principal Investigator |
水野 大介 九州大学, 理学研究院, 教授 (30452741)
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Project Period (FY) |
2022-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 非熱揺らぎ / dense active matter / 代謝維持装置 |
Outline of Annual Research Achievements |
遊走大腸菌(RP4979)と非遊走大腸菌(SHU321)の濃厚懸濁液の揺らぎダイナミクスとレオロジーを調査した。新鮮な栄養分を供給し、有毒な代謝副産物を排除する新規デバイスを開発し、ペレットに近い高濃度でバクテリアの生理活性状態(遊走)を維持した。顕微鏡画像とマイクロレオロジー(MR)測定の解析から、両方の懸濁液がstrong glassであることが示された。揺動散逸定理は、すべてのRP4979で破れていたが、SHU321では成立していた。乱流相のRP4979では、顕微鏡像のゆらぎから推定される緩和時間は、その大きさ・波数依存性ともに異常(非拡散的)であり、乱流の集団力学を反映していた。しかし、非熱揺らぎは粘性に大きな影響を与えず、ニュートン液体であった。高濃度では、SHU321の粘度は非ニュートン的であり、力の増加に伴って顕著な粘性低下を示した。このような混み合い状況のRP4979の粘性は、同じ濃度のSHU321の粘度より著しく低下したが、その粘度はニュートン的でありSHU321の高荷重領域の粘度と一致した。RP4979の緩和時間の波数分散には異常がなく拡散性的であり、SHU321で観察された不均一なダイナミクスは消失した。このように、本研究で確立した高濃度の遊走大腸菌懸濁液では、動的揺らぎや粘性など、ガラス質系に見られる異常な性質が消失し、これまで観念的であったdenseアクティブマターの本質を現実系で明らかにできた。また、得られた結果は、denseアクティブマターの理想的なモデルとして、様々な非平衡系に深い示唆を与える。例えば、高濃度の遊走大腸菌懸濁液のずり弾性率は、正常な代謝活動を行う生細胞と同様のべき的レオロジーを示した。一方、SHU321のより弾性的な応答は、代謝不全の細胞質のレオロジーを彷彿とさせ、細胞力学が高密度活性物質の観点から理解されることを示唆した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今回、濃厚生物試料において代謝を維持する装置を開発し、遊走する大腸菌がジャミング状態まで濃厚化したdense active matterを初めて実現した。この実験系において、光捕捉とレーザー干渉を用いたマイクロレオロジー計測と顕微鏡観察を行った。混み合いと非平衡状態が両立した典型的なdense active matter(アクティブガラス)において、最も重要な物性(レオロジーと非平衡揺らぎ)を高い時空間分解能で計測することができた。得られた結果は上記の通り逐一画期的であり、国内外の学会で発表しており、現在PRLに投稿するべく準備中である。昨年度はHeLa細胞抽出液の力学特性もマイクロレオロジー計測している。生理活性物質を交換しない閉鎖環境での計測ではあるものの、細胞抽出物の取り扱いに習熟するとともに、僅かにATPを加えておくことで逆にガラスのエイジングが促進される興味深い現象が観察できた。したがって、濃厚細胞抽出物を代謝維持装置内で活性を保ちつつその非平衡レオロジーを計測するための準備が整っており、昨年度の成果および今年度に向けた見通しともに良好である。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究では、生体分子機械が試験官内の環境よりも混雑した細胞内でうまく働くことを説明する仮説、すなわち、生体分子機械が「非熱揺らぎを生成して細胞質を流動化させること」、および、「細胞内の非熱揺らぎを利用して稼働すること」を検証する。現実の細胞は、外部環境の変化に自律的に適応して生存を図る複雑系であり、その内部環境を人工的に操作しにくい。そこで本研究では、細胞から抽出された細胞質をモデル系として用いる。通常の閉鎖環境下では、細胞抽出物は短時間で試料中のエネルギー源を使い果たして代謝活性を失ってしまうため、半透膜を介して外部環境とエネルギー物質や代謝生成物の交換を行い、試料中の代謝回転を長期間維持できる装置(代謝維持装置)を開発する。これまでに、体積分率にして50%を超える高い濃度の大腸菌が詰め込まれた懸濁液内で、活発な代謝活動を伴う遊走状態を維持することに成功した。その結果、鞭毛の回転が停止した大腸菌の懸濁液が混み合いによりガラス化するのに対して、遊走能を維持した大腸菌の懸濁液は液状化していることを見出しつつある。このアクティブガラスと名付けた試料内では、非平衡系に特有の時空間相関を持つ揺らぎが生じており、非熱揺らぎにより流動化している可能性がある。本研究では代謝維持装置を用いることで、混み合った非平衡系という力学的な側面において、細胞内の環境に類似したモデル系を作製する。作製したモデル試料中で広帯域のマイクロレオロジー計測を行い、揺動散逸定理の破れとして非熱揺らぎのスペクトルを定量化し、非熱揺らぎが細胞質を流動化させる動的なメカニズムを解明するために役立つ実験的なデータを収集する。
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