1995 Fiscal Year Annual Research Report
フランス小説における現在時制の意味と小説世界の構造
Project/Area Number |
07610493
|
Research Category |
Grant-in-Aid for General Scientific Research (C)
|
Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
田口 紀子 京都大学, 文学部, 助教授 (60201604)
|
Keywords | 語り手 / 現在時制 / 中世フランス語 |
Research Abstract |
この一年は理論的研究の概観を中心に研究を進め、中世フランス語のテクストが、オラルな性格を強く持っていたのではないかという見通しを、裏付けることができた。 ワルトブルグによれば、古典期の古フランス語では、時制は実際のクロノロジーの整理に用いられるよりは、むしろ表現の強弱を付ける機能を果たし、それに関連して身振りを伴う言い回し(tantそれほど、等)や、デイクティックの多用、冠詞に代わっての指示代名詞の使用、聴衆に対する呼びかけの頻繁な挿入が観察されるという。これらはテクストのオラルな性格を指示するものに他ならない。 さらにBernard Cerquigliniは、中世フランス語テクストにおける自由間接文体に関して、当時のテクストが、朗読者によって登場人物たちの声を「呼びおこ」されるように書かれていたと指摘している。これは当初の我々の仮説である。語り手の物語の時空への直接参与としての現在時制の性格を、強く支持するものである。 個別のテクストの分析はまだ十分には進んでいないが、12世紀に書かれたBeroulのTristanにおいては、聴衆への呼びかけや質問、地の文における詠嘆、感嘆の頻出、自由間接文体の使用や、自在な登録人物の内面描写などから、語り手の語る行為が非常に顕在的なテクストであることが観察される。現在時制の使用に関しては、当初の予想以上に不規則であり、同一箇所において、複合過去形、単純過去形と極端に入り交じって現れるケースも見られたが、このテクストに特徴的な、非常に長い直接話法での登場人物のせりふの引用を導入する発話動詞が、ほとんど例外なく現在形であったことは、ミメテイックなパ-フォーマンスとしてのテクストの性格と現在形の相関性を裏付けるものであると思われる。
|