Research Abstract |
本研究は貴重な遺伝資源としての口之島野生化牛(以下,野生化牛)の生態,外部形態,遺伝育種,繁殖,疾病および産肉能力などの特性を解明することにより適切な保護と産業における積極的な活用を図るために実施したものであり,本年度に得られた結果は以下のとおりである。 1.口之島において野生化牛の生息頭数および環境調査を行った結果,最近3ヵ年(主に春〜秋季)に確認できた頭数は49〜66頭であり,年々減少する傾向にあった。また,野生化牛は春〜秋季には島内一周道路沿いのイネ科草本を中心に採食し,冬季には低温下でも枯死しないリュウキュウチクを飼料資源としていることが観察された。さらに,生息地においては場所による違いがあるものの,夥しい数のダニ(主にキチマダニ)が確認された。 2.これまでに収集された野生化牛の骨格雄10例,雌29例の全身晒骨標本を用い,とくに頭蓋と四肢骨について,肉眼的観察ならびにDrieschの方法に従って236部位の計測を開始した。今後は得られたデータの統計処理や黒毛和種および日本在来牛の1つである見島牛との比較を行い,野生化牛の骨格の特徴を形態計測学的に解明する予定である。 3.野生化牛の内部寄生虫相の調査を行い,鹿児島県内各地(肝属郡,曽於郡,伊佐郡)の飼育牛(黒毛和種)との感染状況を比較検討した結果,線虫類,コクシジウム類はほぼ同様の寄生虫相を示したが,野生化牛の線虫類に高い感染率が見られ,吸虫類については飼育牛で双口吸虫,肝蛭が見られたが,野生化牛では膵蛭の感染率が高く,吸虫類に関しては野生化牛に特有の寄生虫相が存在することが明らかとなった。したがって,野生化牛の保護対策を講じるに当たってはこれらの寄生虫駆除も必要不可欠である。 4.野生化牛の血液検査と血清抗体価を調査した結果,野生化牛では低蛋白血症と貧血が見られ,これは栄養不足と小型ピロプラズマ感染によるものであった。また,本土ですでに広範囲に感染が見られる牛アデノウィルス7型,牛パラインフルエンザ3型,牛ウィルス性下痢粘膜症に対する血清抗体価は陰性であり,野生化牛はこれらのウィルスに汚染されていなかった。 5.野生化牛の血液蛋白質とDNA多型の解析を行った結果,蛋白質については4遺伝子座のうち,トランスフェリン座において多型が検出され,蛋白質多型およびDNAカルパイン遺伝子のRFLP解析がら,野生化牛は東南アジアの在来牛よりもモンゴル在来牛などに近いことが示唆された。 6.体外受精卵の胚盤胞形成率は性成熟個体由来卵子で高く,テロメラーゼとテロメラーゼ逆転写酵素の遺伝子発現活性は発生初期過程で増加し,性成熟個体由来卵子を用いた体外受精胚やクローン胚で未成熟個体のものよりも高かった。また,野生化牛の精巣上体尾部精子を凍結保存し、融解した精子を用いて雌に人工授精して子牛を生産できること、さらに体外受精により移植可能胚を生産できることが明らかとなり、胚の一部は凍結保存した。
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