2003 Fiscal Year Annual Research Report
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12610532
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Research Institution | KYOTO UNIVERSITY |
Principal Investigator |
奥田 敏広 京都大学, 大学院・人間・環境学研究科, 助教授 (60194495)
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Keywords | トーマス・マン / バッハオーフェン / ボイムラー / 母権論 / ヨセフ / ディオニュソス / ロマン主義 |
Research Abstract |
本年度の研究においては、反ナチズム作家トーマス・マンが、その亡命生活の半分以上にあたる16年に渡って書き続けた膨大な4部作『ヨセフとその兄弟たち』を取り上げ、母権論との比較を通して、小説におけるエロスの意味を考察した。 なるほど、すでにマンの蔵書などに対する近年の実証的・文献学的研究は、母権論がもっぱらヨセフに対する人妻ムトの誘惑の部分、すなわち小説においてエロスが問題になっている部分に影響を与えていること、そしてその影響はいわゆるディオニュソス崇拝をめぐるものであることなどを詳細に位置づけるとともに、マンの激しいボイムラー非難に問題があることを明らかにし、ナチズムの協力者として非難されてきたボイムラーのある種の名誉復権を行なっている。たしかにそれらは、近年の研究の功績であるが、ただそれらにおいて、母権論の原典たるバッハオーフェンの著作とボイムラーによるその受容が、必ずしも明確に区別されてはいない。そこで、わたしはあくまで両者を綿密に比較検討しながら、小説との関係を分析した。 その結果明らかになったのは、ディオニュソス崇拝という形をとって現れるこの小説のエロスは、反理性的で非合理的な情念としてのみではなく、理性や合理主義に必ずしも対立はしない、人間存在にとってきわめて重要な要素として描かれているということである。そして、前者がバッハオーフェンに元来見られるエロス観なのであり、ボイムラーに見られる前者のようなエロス把握こそ、「ロマン主義的ナショナリズム」としてナチズムに繋がっていく危険を内包していた、と言わねばならない。
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