2019 Fiscal Year Research-status Report
律令制下の土器生産-須恵器・土師器群別分類の再構築
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15K01143
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Research Institution | Nara National Research Institute for Cultural Properties |
Principal Investigator |
神野 恵 独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所, 都城発掘調査部, 上席研究員 (60332194)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 須恵器 / 土師器 / 胎土分析 / 蛍光X線分析 / 生産地推定 |
Outline of Annual Research Achievements |
奈良時代の土器を中心に、須恵器と土師器の生産地推定をおこなってきた。これまでの研究で、考古学的観察から須恵器についてはⅠ~Ⅵ群、土師器についてはⅠ~Ⅱ群に分類され、それぞれ生産地が推定されていた。本研究では、特に須恵器について、胎土中の粘土部分の蛍光X線分析をおこない、生産地の推定をおこなった。そのなかで、多くの製品が和泉陶邑窯と考えられてきたが、そのなかに奈良山諸窯や生駒東麓窯の製品が含まれる可能性があることが明らかとなった。 平城京の近郊窯のうち、木津川市加茂町付近に須恵器の窯が分布することがわかっており、木津川市教育員会の協力を得て、加茂諸窯の須恵器と和泉陶邑窯の須恵器の粘土成分を比較したところ、主要成分であるアルミニウムとケイ素の成分比が異なることや、微量成分であるチタンやカリウムの含有量に差異があることがわかった。 さらに、根本的に土師器と須恵器の粘土選択についても、新たな知見を得ることができた。土師器は弥生時代や古墳時代からの伝統を引く窯業製品で、密閉した窯を用いない酸化焼成の焼き物であり、須恵器は古墳時代に韓半島から伝わった還元焼成の焼き物であったと理解が一般的であった。律令制下においては、両者が食器供膳具として互換性があるものとして、併用されてきたと考えられてきた。 本研究で、同じ埋蔵環境から出土した同時期の須恵器、土師器について、定量分析をおこなったところ、土師器にはリンややカリウムなどの成分が、看過できないほど含まれることがわかった。また、須恵器にのみ特徴的に含まれる黒色物質について、電子顕微鏡で観察をおこなったところ、これらの黒色物質は亜炭であることが確認できた。 このことから、須恵器は大阪層群などの山土を用いた焼き物で、土師器は水田や沼沢地などの粘土を用いた焼き物である可能性が高いと考えるに至った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
須恵器と土師器の生産地推定について、当初の研究計画では、それぞれの生産地の推定を、考古学的観察と化学分析を組み合わせて遂行する予定であり、比較的遠隔地の須恵器についても分析を行う予定であった。しかし、比較的遠隔地の製品については、考古学的観察である程度の推定が可能であることを確認することができた。逆に、平城京近郊窯は、おそらく陶邑窯から工人が直接移動することによって開窯している可能性が高く、考古学的な手法による峻別がきわめて難しいことが、問題となった。 この点について、特に集中的に蛍光X線分析による粘土成分の化学分析を進めた結果、和泉陶邑窯と奈良山東部窯については、完全に排他的とは言えないものの、製品によっては生産地の推定が可能であることが明らかとなった。このデータを元に、平城宮の紀年木簡と一緒に出土した須恵器の分析データを比較したところ、8世紀の第二四半期には、奈良山窯の須恵器が流通していた可能性が浮上した。 土師器についても、同様の手法で生産地推定を試みる計画であったが、試料採取の過程で、胎土中の含有物に差異があることに気がついた。この差異が、焼成温度や環境に影響するものか、もともとの粘土の差異に起因するものか、検証をおこなった。その結果、須恵器と土師器は、根本的に粘土の選択が異なることが明らかとなった。この発見は、土師器に含まれるリンなどの微量成分を詳しく分析することにより、水田耕作との関係など先史時代から中近世に至る人々の生活に根付く土師器生産のあり方を考える可能性を秘めている。また須恵器に含まれる亜炭の分析は、地質学の研究成果を取り入れることで、生産地推定の根拠となる可能性を内包している。 内容については、当初計画以上の成果を得たといえるが、さらに追加で必要なデータや慎重な議論が必要となり、成果の公表に遅れが生じている。
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Strategy for Future Research Activity |
須恵器の胎土分析については、研究データの公表をおこなう。今年度中に全てのデータを公表する予定である。生産地から提供いただいた試料については、繰り返しの測定が可能であり、同様の研究を進めたい研究者への貸与が可能となるような制度の確立を目指したい。エネルギー分散型の蛍光X線分析などの分析機器は、同じ標準試料を用いても、やや数値に偏りがあることは否めない。この点が、公表データと新規データの単純な比較を難しくしていると感じざるを得ない。 貴重な文化財から採取した分析試料もまた貴重な資料であるとの認識を、文化財科学者は認識すべきであり、後出の研究者が検証を行えるような制度を整えるべきであると考える。 本研究では、ガラスビード法による胎土分析を実施しているが、このガラスビードも再検証が可能である。これら採取資料を積極的に後続の研究者に貸与し、データの検証を重ねていきたい。 今後の方針としては、飛鳥時代、藤原京期、平安時代へと時代幅を広げて、古代の窯業生産を考える基礎データの蓄積をおこなっていくとともに、複数の研究者、研究機関による検証を推進していく。
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Causes of Carryover |
土師器の胎土分析に着手したところ、須恵器の分析結果と比べて著しくリン酸成分が高いことが確認され、当初の計画ではエネルギー分散型蛍光X線装置を用いた定量分析のみであったが、より確度の高い定量分析をおこなうため、ガラスビード法による波長分散型蛍光X線の分析手法を追加で行う必要が生じた。波長分散型蛍光X線装置については、滋賀県工業技術センター信楽窯業試験場の装置を借用する必要があったが、試料の準備やガラスビードの作成などに時間がかかったため、最終年度に成果の公表までができなかった。そのため、次年度に成果公表のための、出張旅費や印刷費を繰越した。
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