2017 Fiscal Year Research-status Report
国家変容と国民形成運動に関する動態的研究:近代ハンガリーにおける「民衆」
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15K02413
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
岡本 真理 大阪大学, 言語文化研究科(言語社会専攻、日本語・日本文化専攻), 教授 (10283839)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 近代ハンガリー / 文学 / 国民形成 |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度は、1848 年革命期ハンガリーの政治喜劇の中から、今日に残された数少ない貴重な作品およびその作者について詳細に調べることによって、これらの作品を通して刻々と変化する当時の社会情勢やそこに生きた民衆の関心や考え方を捉えようと試みた。5つの作品に注目し、そこに描かれた革命というテーマにおける対立構造を分析し,その特徴を検討し、ハンガリー文学史においてこれらの喜劇がどのように評価されうるかについても考察を行った。 1848 年革命期の政治喜劇は,政治思想と恋愛という2つのテーマを対立構造の中に組み込み,革命の達成と恋愛の成就を重要な2つのプロットとして同時並行に描くという点で,共通した構造を持っていることが明らかとなった。また,その内容においては、実は民族問題はテーマとなっていないことがわかった。そこでは、複雑で困難な近代ハンガリーの民族問題はほとんど関心の内に入ってくることはなく、国内の諸民族は近代革命を達成したハンガリーに内包されるべき国民に他ならず、民族問題はアプリオリに存在しないとされているとさえいえる。むしろ,これらの作品では階級差の問題と対立が明確に設定され、「市民的平等」という理想を掲げる革命支持派でさえも,実際はみな互いの階級を軽蔑し融和しようとしない社会の現実を描いた。喜劇作品はこれを市民革命の実現を阻む深刻な問題であると捉えて警鐘を鳴らし、それをあえて風刺とユーモアで包んで人々に提示することによって,より効果的に訴えたことがわかった。 以上の作品紹介と分析について、第 44 回日本ウラル学会研究大会において口頭発表を行い、『言語文化研究』第 44 号に研究ノートとして発表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は,近代ハンガリーの国家変容の複雑な過程において,「民衆」という表象が何を背負い,どう変化していったかを,言語文学運動の研究を通して明らかにするのが目的である。近代市民社会の成長とともに,文学を中心に「民衆」への関心は強まり,「ハンガリー性」を象徴する存在となっていくが,そこにはヨーロッパ近代の普遍性とハンガリーの特殊性の両者が存在すると考える。本年度は研究対象を近代文学運動の一翼を担った劇場において,1848年市民革命の時代に書かれた喜劇作品を分析した。「民衆」の表象とその変遷という観点から近代ハンガリー国民形成運動の全体像を検証・記述するという本研究課題の文脈に位置付けて考えれば,1848年革命期の政治喜劇は,民衆の理念と現実社会のギャップというものを人物の対立構造や恋愛プロット,そして優れたユーモアに包み込むことによって広く民衆に慕われ訴えかける演劇文学にすることに成功していることがわかった。また19世紀半ばのロマン主義文学の時代において,そのような政治喜劇が時代を先進してリアリズム的な要素を含蓄していると評価することができる。以上のような,近代ハンガリー国民文学形成における一つの主要な要素としての革命期政治喜劇について詳細な紹介ならびに分析ができたことで,本研究課題全体の進行がおおむね順調であることが認められる。
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Strategy for Future Research Activity |
近代ハンガリー国民形成の後期といえる20世紀初頭から第1次世界大戦,そして2つの革命期と1920年のトリアノン条約によるハンガリー国土および民族の分断にかけての文学運動について研究を進めていこうと思う。とくに,1908年に創刊された文芸誌『西方(Nyugat)』をめぐる詩人や小説家たちの大戦や革命への関わりを追いながら,近代前半で象徴化された民衆像が近代後半にその影を潜め,英雄らしさを失っていく過程を,1)社会的背景(近代資本主義社会の成熟と農村の後進性や貧困をめぐる社会問題の先鋭化),2)文化的背景(西欧から入ったリアリズム,自然主義および象徴主義)から分析する。 また,トリアノンにおる国土の喪失と民族離散の問題に直面する20世紀初頭には、文学におけるハンガリー・アイデンティティの混乱と模索がはじまる。『西方』および「人民作家」らの理念と民衆像を検証することによって,近代国民形成における「民衆」がどう変化していったかを考察する。
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