2007 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
16202021
|
Research Institution | Nara Women's University |
Principal Investigator |
北田 裕行 Nara Women's University, 大学院・人間文化研究科, COE研究員 (90437509)
|
Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
高瀬 要一 独立行政法人国立文化財機構, 奈良文化財研究所・文化遺産部, 部長 (00090374)
内田 和伸 独立行政法人国立文化財機構, 奈良文化財研究所文化遺産部・景観研究室, 室長 (30249974)
西村 さとみ 奈良女子大学, 文学部, 助教 (00263418)
多田 伊織 皇學館大学, 文学部, 非常勤講師 (30310783)
竹内 亮 奈良女子大学, 助教 (10403320)
|
Keywords | 燕下都園池遺跡 / 飛鳥期苑地 / 南朝 / 建康城 / 百済苑地 / 新羅苑地 / 平城宮の苑地 / 日本苑池関係史料 |
Research Abstract |
中国における園地(人工的に造られた、景観鑑賞を目的とする庭園)の起源を探るため、戦国時代の河北省燕(B.C7)下都の園池遺跡、および魯国古城跡(曲阜)の宮殿遺構・拌宮遺跡などを踏査した。『水経注』などの記載を参照すると、園池を設けるのは少なくとも戦国時代にまで遡り、それは池と版築土台で構成されていることが明らかとなった。一方、日本への伝来のルートについて南朝経由と推定している飛鳥期苑地について、従来と観点を変え、飛鳥京の宮殿構造と南京の建康城の構造を比較することで検討した。建康城の構造は文献等を主体とした復元であるが、ここでは構造に日々の運営方法をも加えて参考にした。その結果、飛鳥京の宮殿に建康城の影響が想定できる。また文献史料による島などの園池構造の比較・検討からも、飛鳥と中国南朝との関係も想定できた。つまり中国の都城園池では4世紀に版築土台から築山に転換し、階唐期には大型の建造物を伴う島が中心的意匠となったが、飛鳥の園池は、築山が造られ比較的小さな州浜の島が存在していた南朝建康の園池に比較的近く、それは百済を通じて日本に伝来したものである。推古紀にみえる百済の「路子工」の記事もそれを示している。これらの成果をもとにすると、中国南朝の都城が朝鮮半島の百済の園地に影響し、わが国の7世紀の都城園地に影響したこと、これらを通じて飛鳥宮から平城宮に至る苑地に、南北朝期から隋唐にいたる変遷過程が反映していることを読みとることができた。また昨年度実施した渤海上京龍泉府苑池遺跡の現地踏査の結果、この園池が日本の寝殿造系庭園とよく似た形式をもち、中国の唐代に存在した寝殿造系庭園が伝わったものであり、神泉苑などで見られる日本の寝殿造系庭園も唐より伝来したとの結論を得た。
|
Research Products
(5 results)