2019 Fiscal Year Annual Research Report
中性子スピンプリズム法の確立と超伝導体の電子多自由度マルチダイナミクスの研究
Project/Area Number |
16H02125
|
Research Institution | Tohoku University |
Principal Investigator |
藤田 全基 東北大学, 金属材料研究所, 教授 (20303894)
|
Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
猪野 隆 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構, 物質構造科学研究所, 講師 (10301722)
横尾 哲也 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構, 物質構造科学研究所, 教授 (10391707)
大河原 学 東北大学, 金属材料研究所, 技術一般職員 (10750713)
池田 陽一 東北大学, 金属材料研究所, 助教 (40581773)
南部 雄亮 東北大学, 金属材料研究所, 准教授 (60579803)
|
Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2021-03-31
|
Keywords | スピン偏極 / 中性子散乱 / 高温超伝導 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、大強度陽子加速器施設の中性子散乱装置POLANOを高度化し、偏極中性子を用いた100meVまでの非弾性中性子散乱実験を磁場下で行う手法を確立することである。今年度も、本研究の推進期間中に、非偏極中性子ビームの取り出しに成功したPOLANOにおいて、検出器補正、データの可視化、バックグラウンドの軽減対策など、様々な調整を進めた。その結果、スピンパイエルス物質CuGeO3の磁気励起を広いエネルギー・運動量空間で観測するに至った。また、導入した冷凍機を用い、スピンパイエルス転移温度前後でのスペクトルの質的変化を確認することもできた。 磁場環境の検討の結果、専用の超伝導磁石が必要であることがわかったが、スピン交換光ポンピング法を用いる偏極3He中性子スピンフィルターの開発においては、ビームラインに導入できるコンパクトシステムの作成法を確立することができた。これには、東北大学多元物質科学研究所のガラス工場の高い技術力が必要であり、今年度もGE180ガラスの特殊セルを多数作成した。 また、本研究の対象とする銅酸化物高温超伝導体のスピンダイナミクスに関しては、新しい研究対象物質として酸素5配位構造を持つT*-La1-2/xEu1-x/2SrCuO4のミュオン実験、及び、中性子非弾性散乱実験を行うことができた。この物質ではホール濃度の低い領域まで超伝導相が拡がっており、結晶構造(配位)と超伝導の関係を調べる上で新たな視点をもたらす可能性がある。ミュオン実験では低ドープ領域までフェルミ流体基底状態を反映する不純物効果を結果として得た。また、中性子散乱実験では、高圧酸素処理により超伝導化してもフォノン状態密度がほとんど変化しないことが判明した。これら結果はLa2-xSrxCuO4に対する報告とは異なっており、違いの起源を調べることで統一的な知見が得られることが期待できる。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の推進の三本柱は「分光器における測定環境の整備」、「偏極デバイスの開発」、「銅酸化物調で導体における混成揺らぎの測定」である。今年度は、この三項目について、下記に挙げる進展があった。(1)非偏極中性子による非弾性散乱実験が可能となったPOLANOにおいて、新しい研究対象系として作成したT*構造銅酸化物(Eu1-2/xLa1-2/xSrxCuO4)のフォノンの状態密度を高エネルギーまで測定することができた。一方、磁場環境の導入には漏れ磁場を抑えることが必須で、既存の超伝導マグネットではスピン交換光ポンピング法と共存することが難しいことがわかった。(2)スピンフィルターデバイスの開発においては、東北大学多元物質科学研究所で作成したGe180ガラスを用いたシステムの組み立て法を確立し、セルの洗浄方法を変えることで、スピン偏極の緩和時間の改善が行えた。実際の非弾性散乱実験に利用できる長時間緩和時間を有するシステムが構築できた。(3)新しい研究対象系として作成した酸素5配位のT*構造銅酸化物(Eu1-2/xLa1-2/xSrxCuO4)のフォノンの状態密度を高エネルギーまで測定することができた。この物質は高圧アニールで超伝導が発現するため、フォノンと超伝導化の関係をアニール効果で調べることができるが、アニール前後の試料で観測データに有意が差はないことがわかった。酸素6配位のホールドープ型銅酸化物La2-xSrxCuO4や酸素4配位の電子ドープ型銅酸化物Nd2-xCexCuO4と異なる結果で、超伝導発現に対するフォノンの関与が違う形で起こっている可能性が明らかになった。偏極中性子で調べるべき対象はスピン励起であることを示唆する結果である。
|
Strategy for Future Research Activity |
スピン交換光ポンピング法と共存する既存の超伝導磁石の導入が困難であることが判明したが、それぞれ単独では導入が可能であり、また低磁場でも共存可能であれば、複合励起の研究対象があるため今後も継続して計画を推進する。非弾性散乱領域においてはバックグラウンドが改善されつつあり、引き続き高いS/Nでシグナルが得られる測定環境の整備に努める。非弾性散乱測定の要とも言えるため注力する。またエレクトロニクスの改善としてチョッパーの安定化を高め、得られたシグナルをエネルギー運動量空間での強度に速やかに変換し、4次元データを取り扱いやすくするデータ処理環境の整備にも努める。偏極中性子散乱実験を行うためのスピン交換光ポンピング(SEOP)法による「偏極デバイスの開発」は概ね実用段階に多とりついたので、スピンフィルターの高度化をさらに進める。また、散乱側についてはスーパーミラーによる偏極に加え、SEOP法による偏極を実施するため、特殊ガラスセルの作成を進める。これには、高エネルギー加速器研究機構と東北大学の包括連携を最大限活用する。冷凍機の導入も進み、中性子研究施設における中性子ビーム強度も増強しているため、励起スペクトルの温度変化を行う環境が整った。銅酸化物高温超伝導体に対するこれまでの研究から明らかになった、マルチダイナミクスの狙い所(~50meVのスピン・電荷励起と~20meVのスピン・格子複合励起)に的を絞り、励起状態の素性の解明を進める。また、研究の過程で、スピンの運動を解明する上で偏極中性子の利用が重要であることが明らかになった、スピントロニクス基盤物質に対してもパルス中性子源における中性子偏極測定を適用し、高エネルギー中性子スピン偏極実験の重要性を示す。
|