2016 Fiscal Year Annual Research Report
超弦理論を活用した現実的な動的非平衡現象へのアプローチ
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16H06932
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
棚橋 典大 大阪大学, 理学研究科, 招へい研究員 (50581089)
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Project Period (FY) |
2016-08-26 – 2018-03-31
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Keywords | ブラックホール / ゲージ・重力対応 / カオス / 衝撃波形成 |
Outline of Annual Research Achievements |
初年度には課題1) 動的な重力現象に関する研究と素粒子理論への応用、課題2) 摂動伝搬の非線型効果と特異点形成に取り組むことを計画していた。 課題1については、ブラックホール時空上で振動する膜上物体の運動についてまず解析を行った。カオス性の強度はリアプノフ指数によって特徴づけられ、それを求めるには二つの異なる運動の差を数値化するための距離指標を適切に導入する必要がある。この距離指標の導入法が非自明であることが、この系のカオス性を解析する際の障害となることが当研究中に判明した。 この困難を解決するため、当初注目していた系を単純化し、ブラックホール周辺で運動する点粒子の振る舞いについてまず研究することにした。その結果、この点粒子の運動にはブラックホール重力の効果でカオス性が生じ、そのリアプノフ指数はブラックホールの表面重力によって上限づけられることが判明した。このような上限は場の理論における量子カオスについても存在するという予想が近年提案されており、それと一致する結果が得られたことになる。 課題2については、本研究で注目していた膜状物体の運動に注目する代わりに、重力場と複数のスカラー場を伴う最も一般的な理論における衝撃波形成に関して研究を行った。この理論には張力を持った膜状物体の運動を記述するDBI模型も含まれるため、この理論に関して調査することで、本来のターゲットであった膜状物体に関する情報も得られると期待される。この最も一般的な理論について解析した結果、膜状物体の運動については衝撃波形成が起こらない一方で、ラグランジアンに何らかの修正が加えられた場合には一般に衝撃波形成が起こることが判明した。したがって、本研究で注目する膜状物体の運動においては、衝撃波形成のような特異な現象は起こらず比較的良い性質を示すということが結論づけられた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究計画で当初予定していたのは課題1) 動的な重力現象に関する研究と素粒子理論への応用、課題2) 摂動伝搬の非線型効果と特異点形成であった。 課題1については、現在までの進捗状況の項目でも記述した通り、本来注目する予定であったAdS時空における膜状物体の運動ではなく、その代わりにブラックホール周辺の点粒子の運動について解析を行うこととなった。この研究は、本来予定していた研究を遂行するための準備研究に位置づけられる。また、この研究の結果として、近年提案された量子カオスにおけるリアプノフ指数への上限を古典重力理論において再現することに成功した。この結果に基づき、本来注目していた系について同様の解析を行ってゲージ・重力対応に基づいた解釈を適用することで、重力理論およびゲージ理論におけるカオス現象の関係を今後より明確化していくことができると期待される。 課題2については、本来注目する予定であった膜状物体の運動に注目する代わりに、それを含むようなより一般的な理論に関して研究を行うように方針を変更した。その結果、より一般的な枠組みの中で特異点形成に関する性質を明らかにすることができた。したがって、当初期待していたよりもより大きな成果が得られたと考えることができる。 以上に記述した通り、当初の研究計画には修正を加えることが必要となったものの、本来期待していたものと関連するかそれ以上の成果が得られた。また、次年度に研究を継続することでこれらの成果をさらに発展させられると期待される。これらの点を踏まえ、初年度の研究の進捗状況については「(2)おおむね順調に進展している」と判断する。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度には、初年度に行った研究を進展させ、ゲージ・重力対応に基づくクォーク・グルーオンプラズマの非線形動的現象の解析へと関連づけることを試みる。この目標達成のために、以下の研究課題に取り組む。 1) AdSブラックホール時空における弦の運動の解析 ゲージ・重力対応関係に基づけば、AdS時空の境界に端点をもつ紐状の物体は、重いクォーク・反クォーク対とその間を結びつける色価力線の束に対応する。このような系におけるカオス現象について解析を行う。初年度に調べたブラックホール近傍の点粒子のカオス的性質は、このような弦の運動についても生じる可能性がある。この点を明らかにするため、ブラックホール表面付近の弦が従う実効的な運動方程式を導出し、それに基づいて弦の運動のリアプノフ指数を評価する。また、より一般的な運動についても数値的解析を行う。このようにして得られたリアプノフ指数が、場の理論における量子カオスについてのリアプノフ指数の上限を満たすかなどについて検討を行う。 2) AdSブラックホール時空における膜状物体の運動と外場の影響 AdS時空上で運動する膜状物体は、クォーク・グルーオンプラズマにおけるメソン励起に対応すると考えられている。このような膜状物体の運動についてもカオス的振る舞いが見られるか検証する。このためには、リアプノフ指数を評価する際に必要となる距離指標を、膜状物体の運動について適切に設定できるかが重要となる。この点を明らかにした上で、ブラックホール時空上の膜状物体の運動のカオス性について研究する。さらに、外場や非一様性などが存在するようなより現実的な状況に近いセットアップにも注目し、それらの存在が系のカオス性にどのような影響を与えるかについて明らかにすることを試みたい。
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