2016 Fiscal Year Research-status Report
ディケンズ文学と「子供の表象」:センチメンタリズムの構造分析
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16K02440
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Research Institution | Yamagata University |
Principal Investigator |
中村 隆 山形大学, 人文学部, 教授 (00207888)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | センチメンタリズム / 係数解析 / sob派生語 / sobと性差 / sobと階級 / sob親近語 |
Outline of Annual Research Achievements |
2016(平成28)年度においては、Dombey and Son(以下、DS)に関わる文体解析をした。センチメンタリズム指標語x:sob (声をあげて泣く、大泣きする)派生語がどのように発生するかを統計的にまとめた。sob派生語の総件数=43件である。このsob派生語に関わるpassage解析の結果については、下記の通り、4つの事項が判明した。 (1)「性差」が明確である。すなわち、sobという行為をする主体は女性が大多数を占める。sob派生語に関わるpassage、全43件のうち、sobという行為をする主体が女性であるのは、36件で、83.7%と高率である。(2)2つの階級の2人の女性(FlorenceとNipper)がsobという行為の主体である。Florenceのsobの回数は16件で、彼女の忠実な侍女である友人でもあるSusan Nipperのsobの回数は13件であり、この二人だけで、29件、80.6%を占める。(3)sobは孤独の中で、一人でなされることは、1つの例外を除いて、DSでは見られず、必ず、誰かとの交渉において発生する。言い換えると、sobという行為は、相手がいて初めて成立する相互の意思疎通の手段である。(4)sobの親近語群の分析。sob派生語に関わるpassageの中で、共通して派生する親近語群がある。それは、以下の4つ。tear(s), cry (cries, cried, crying), child, daughter, Mama, Papaである。tear, cryは親近語であるのはすぐに類推されるが、child, daughter, Mama, Papaは興味深い。これらは、sob=「声をあげて泣く」というセンチメンタリズムの表象が親子関係の中において生起しやすいことを示す。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成28年度は、以下の2つのことを予定通り完遂できた。 (1)センチメンタリズムと英文学という観点での先行研究の検証。対象としたのは、P. Coveney (1957)、A. Wilson(1970)、P. Collins(1974)、F. Kaplan(1987)、L. Lerner(1997)、C. Herbert(2002)、H. Cunningham(2006)、V. Purton(2012)、A. Malkovich(2013)らによる先行研究である。そして、センチメンタリズムが「言語的あるいは文体的」観点からなされていないことを確認した。さらに、コリンズの研究が特に注目すべき論考であることを明らかにした。なぜなら、彼は、1830年代から40年代の英国がセンチメンタリズムをむしろ肯定的に捉えていたのに対し、1850年代後半からそれへの批判と否定が顕著になると指摘しているからである。 (2)1840年代のセンチメンタリズム(=感傷主義・感涙主義)の代表作であるDombey and Son (1846-48)の文体解析を行った。具体的には、センチメンタリズム指標語x:sob (声をあげて泣く、大泣きする)派生語(sob, sobs, sobbed, sobbing)がどのように発生するかを統計的にまとめた。結果として、(a)センチメンタリズムの状況を生む主たる母体が女性であること、(b)2つの階級の2人の女性(FlorenceとNipper)がsobという行為の主体であること、(c)sobという行為は、相手がいて初めて成立する相互の意思疎通(コミュニケーション)の手段であること、(d)sob=「声をあげて泣く」というセンチメンタリズムの表象が親子関係の中において生起しやすいことを解明できた。
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Strategy for Future Research Activity |
ディケンズの主要作品の「子供の表象」に関わるセンチメンタリズムの基本構造の解明を目論む本研究は、文体論の観点から、ヴィクトリア期英国における感傷主義の変遷を跡づける。その文体論の方法としては、バロウズ(J. Burrows 1987)以降の「計量文体分析」や近年の堀(M. Hori 2004)らによるコーパス言語学の成果も取り込むが、むしろ、古典的なシュピッツァー(L. Spitzer 1948)流の文体論に多くを負う。 本研究の目的の一つは、ディケンズ文学に端的に現れるヴィクトリア朝におけるセンチメンタリズムの評価をめぐる栄枯盛衰の謎という未解決の問題の解明である。そこで、ディケンズのセンチメンタリズムに関する受容史を下記の4つの時代に区分し、書評・批評・書簡等における評言を抽出し、それらの分類と整理をする。そして、それぞれの評言内容について、精密な分析と考察を加える。時代区分は、①1830年代から40年代(ディケンズ初期)、②1850年代(ディケンズ中期)、③1860年代(ディケンズ後期)、④1870年から19世紀末まで(ディケンズの死後の評価)の4つである。
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