2017 Fiscal Year Research-status Report
ディケンズ文学と「子供の表象」:センチメンタリズムの構造分析
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16K02440
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Research Institution | Yamagata University |
Principal Investigator |
中村 隆 山形大学, 人文社会科学部, 教授 (00207888)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 文体論 / 感傷係数 / 涙係数 / 子供係数 / ペイソス(pathos) / tear-jerking |
Outline of Annual Research Achievements |
ディケンズの主要な16の長編の文体的特色を「子供(child, children, childish」と「涙」(tear, tearful)の2点に絞り、作品ごとのこの2語の頻度傾向を解析した。 子供の頻度を「子供係数 = coefficient of child」とし、涙の頻度を「涙係数 = coefficient of tear」とし、さらに、子供係数と涙係数を掛け合わせた数値の平方根を「感傷係数 = coefficient of pathos」と名づけ、各作品におけるこれら3つの係数を算定した。 ディケンズの作品群における感傷係数の上位3位をあげると、第1位は、Old Curiosity Shop(1840-41、感傷係数=101.17)、第2位は、Dombey and Son(1846-48、感傷係数=73.96)、第3位は、Oliver Twist(1837-39、感傷係数=63.64)である。これら3作品は従来のディケンズ批評で、感傷的(pathetic)ないしは「お涙頂戴」(tear-jerking)とされてきたものであり、このいわゆる主観的な批評が、厳密な数値で裏付けられたことを意味する。いうまでもなく、これら3作品の中枢に位置するのは「子供」である。すなわち、ディケンズは子供と涙をいわば感傷の触媒として、利用していたことが文体解析の観点より確かめることができる。他方、感傷係数が低い3作品をあげると、The Mystery of Edwin Drood(1871)、Great Expectations(1861)、Barnaby Rudge(1841)である。この中で、Great Expectationsのみは、感傷係数と従来の批評との間に乖離があるように思われる。当作品は物語の少なくとも前半にはPipという子供がおり、感傷的な多くの描写がなされているからである。感傷係数に、もし修正点が必要とするならそれは何か?それを解明するために、具体的でかつ網羅的なパッセージ分析を進めているところである。 なお、「涙」の主体は誰かというもう一つの問題点についてはさらなる分析が必要であるが、涙を流す主体のおよそ半分は女性で、残りの半分は子供であるとの証拠はつかみつつある。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成29年度は、以下の3つのことを予定通り完遂できた。 (1)まず用語の修正をした。sentimentalism=センチメンタリズムという言葉は、Northrop Frye, Anatomy of Criticism (1957)およびPhilip Collins, From Manly Tear to Stiff Upper Lip: The Victorians and Pathos (1974)の先行研究を踏まえて、 pathosがより適切な用語であることを確認し、pathosを「感傷主義」と呼ぶことにした。 (2)フライは、「お涙ちょうだい」的な感傷主義の引き金となるのが「涙」と「子供」と「女性」であることを指摘している。コリンズもこれと同様の立場をとるが、彼はヴィクトリア朝を主な射程として捉え、「男の涙」にも注目した。当時の男たちはディケンズらの感傷的な文学を読み、臆面もなく泣き、さらにそれを特別な恥辱と捉えていなかった。フライとコリンズを通して、文学における涙の文脈の重要な先行研究を確認した。 (3)ディケンズの主要な16の長編に対し、涙と子供の頻度を文体論の観点から分析した。それぞれの頻度をX=「涙係数」、Y=「子供係数」とし、XとYの積を、Z=「感傷係数」とした。そして、Zが、ディケンズの作品の感傷度を測る尺度ではないかと推定した。Z=感傷係数はディケンズの作品で一様に高いわけではなく、ばらつきがあることがわかったが、Zの数値が高いものほど、先行研究で、pathosに満ちていることが広く指摘されており、Zは作品の感傷度を測る一定の尺度たりえていることが判明した。
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Strategy for Future Research Activity |
平成30年度は、以下の4つのことをする。 (1)感傷係数の高いディケンズの小説から三作を選ぶ。他方、感傷係数の低い小説を三作選ぶ。前者は、Old Curiosity Shop (1841)、Dombey and Son (1848)、Oliver Twist(1839)である。後者は、The Mystery of Edwin Drood(1871)、Great Expectations(1861)、Barnaby Rudge(1841)である。 (2)これらの6長編に対し、「涙」の場面に関して、次の観点からすべてのパッセージの詳細な分析を施す。(a)涙を流す主体者は誰か?子供?女?男?(b)なぜ泣いているか?その前後の状況など、(c)それぞれの場面の特定事項(悲しみの涙、嬉し涙、空涙、等々)。 (3)以上の分析を踏まえ、設定した「感傷係数」が具体的な「涙のパッセージ分析」の結果見えてきたものと相関しているか、あるいは相関している点は何で、そこからどんなことが言えるのか。そして、相関していないとしたら、それは何で、また何を意味しているのか、などについて考察を進める。 (4)「ディケンズ文学における感傷主義(pathos)の文体論的研究」として、論文にまとめ、研究の仕上げをする。
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Causes of Carryover |
物品費について、業者から聞いていた納入予定額と実質の納入額とのあいだに齟齬、食い違いがあり、正しい価格に訂正することを失念していた。 食い違いがあったのは、コンピュータ、およびパソコン周辺機器の価格である。 次年度使用額の使い道は、物品費(パソコン周辺機器等)にあてる予定である。
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Research Products
(1 results)