2016 Fiscal Year Research-status Report
近代における教育統治論と能力言説の生成に関する歴史研究
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16K04444
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Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
白水 浩信 北海道大学, 教育学研究院, 准教授 (90322198)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 統治 / 教育 / トマス・エリオット / 授乳 / 養育 / 養生 |
Outline of Annual Research Achievements |
平成28年度の研究は西洋統治論に関する文献検索と〈教育(education)〉及び〈能力(faculty)〉に関連する語彙の用例について検討することであった。本研究の緒にあってルソー『エミール』第1編では教師(precepteur)と師傅(gouverneur=統治者)が峻別され、むしろ導く者としての師傅論の性格が顕著であることは強調したい。『エミール』もまた15世紀後半から簇生する「統治(govern)」語を冠した文献群の延長線上に執筆されたものと位置づけることができる。John Lydgate『健康の統治』(1489)、『家族の統治』(1525頃ヴェニス)など、身体、家族、領民、子ども、そして君主や国を対象とする統治論文献が、17世紀末までに少なくとも217件が確認された。これら統治論文献の画期と目されるのが、トマス・エリオット『統治者論(The boke named the Gouernour)』(1531)である。冒頭から公共善(publik weale)とは生きた身体(body lyuyng)であると述べられ、その実現は〈統治〉にかかっていると主張される。さらに同書第4章は「郷紳の子どもの教育(education or fourme of bringing up)」と題されており、子どもの授乳や乳母について語られたものである。子どもを健康に養育することこそが、まずは公益にかなうこととして議論されていた点は特徴的である。他方、現時点では、16世紀の統治論のなかに〈能力(faculty)〉に積極的に働きかけることを〈教育〉と称し、〈統治〉の目標に据えるような顕著な文献は見出せていない。18世紀の能力開発論としての〈教育〉言説の登場を前に、どのような言説空間の転機があったのか、史料に即した詳細な検討が課題となる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成28年度の研究計画では、当初、(1)西洋統治論の分類・整理による目録化、及び(2)西洋統治論における〈能力〉の現れ方に関する読解・分析を掲げていた。目録化に関しては大英図書館やフランス国立図書館などの蔵書目録を検索しながら、比較的順調に統治論文献をリストアップすることができた。ただし検索結果を整理・分類する作業に関しては、なお着手したばかりであり、研究補佐員の協力を得ながら早急に進めていかなければならない。 他方、平成29年度の研究計画にあげていた(3)西洋統治論における生物学(有機体論)の影響という点に関して、すでに前倒しして推敲しつつある。18世紀の生物学説を中心に、前成説と後成説の論争、ラマルク『動物哲学』における〈能力〉観について検討を始めている。
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Strategy for Future Research Activity |
(1)西洋統治論の目録化に関しては、データの入力・整理に必要な研究補佐員の雇用が急務である。各国の主要図書館から必要なデータは抽出してあるので、著者、年代、統治対象等の項目に分類してデータベースを作成していくことになる。 (3)西洋統治論における生物学(有機体論)の影響に関しては、すでに連携研究者の助力を得て、西洋における〈能力〉概念変遷の見取り図は描けている。ただし脳機能局在論に偏った知見であるので、〈機能〉の束として生物を論じた有機体論の検討にも目配りが必要である。例えば人間の〈認識能力〉の起源を無脊椎動物の諸機能の分化・発達に求めた、18世紀フランス生物学の泰斗ラマルクの諸説を手がかりに検討することを構想している。そのためには平成29年度に計画している、海外史料調査の訪問先として、ラマルクがその拠点としたフランス自然誌博物館を含めることにした。
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Causes of Carryover |
平成28年度、当初、予定していた西洋統治論文献の目録化事業に関して、データ入力に係る研究補佐員を雇用するつもりであった。夏期休業期間に当該作業に着手する計画であったが、日本教育学会大会の開催校であった事情もあり、適当な補佐員が見出せず、依頼することができなかった。そのため人件費・謝金にあたる補助金額が次年度使用額として生じたものである。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
早急に、昨年度予定していた西洋統治論文献の目録化事業を進展させる。夏期休暇を中心に研究補佐員を雇用し、具体的な作業に従事させる計画である。
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