2016 Fiscal Year Research-status Report
『百科全書』本文批判における基礎的校訂方法論の確立とその学術的応用
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16K13209
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Research Institution | Niigata University |
Principal Investigator |
逸見 竜生 新潟大学, 人文社会・教育科学系, 教授 (60251782)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | フランス『百科全書』 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、予備的研究でえられた本文形成論解析の手法を、以下に提起する方法論的検討に立ってさらに発展させるものである。今年度は特に、1)および3)についての理論的・歴史的考察を行い、2)については特にJamesの医学辞典との関連において考察している。 1)『百科全書』項目本文が、多様な書承材源を源泉とする素材の合成ないし混成の性格を含み持つことは早くから予想されていた。しかし複雑な素材の組合せからなる本文形成の実態を体系的に例証したのは申請者の研究のほかまだ見られない。一般に、本文伝承論における複数の本文系統の相互干渉の様態を「混態」(contamination) という。この概念を拡張して本研究で用い、これら多層的な文献群の縫合作業からなる本文の様態を「混態」的本文形成とみなして概括することができる。このような混態はどう解釈されるべきか。 2) 源泉批判と混態としての本文様態の解明は、単に文献批判の平面のみにとどまらない。ある項目の署名者がディドロであることは疑いえない場合でも、混態的本文の背後にはディドロが拠り所とした先行文献の層がある。それらの作者もまた『百科全書』を支えていると考えるならば、混態的本文は〈複作者〉multiple author 的な歴史的様態をもつと見なしうる。これら複数の作者性(authorship) の実態はいかなるものなのか。 3) 流通する本文が編修者によってたえず共有され、比較的に自由な改修をほどこされる。編修者たちの手から手を経て本文は流動化する。このようなテクストの文化は、初期近代ヨーロッパ学芸共和国の広い学識文化実践(人文学や歴史批判、聖書文献学など)と切り離して考えられない。『百科全書』は本文受容、書承の伝承的慣習に対しいかなる部分を継承し、いかなる部分において異なるのか。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究計画の基盤的研究となるディドロ執筆項目本文の文献批判論の部分の考察を進めた。源泉となる先行文献がいかに選択され、いかに『百科全書』項目本文へ移記されているのか。移記行為における編修者ディドロによる創意はどこにあるのか、混態本文を作成しながら何が意図されていたのか。混態の実態を明確に示す改修や補間、転位の様態等、校合を通じて精しく解明する。 このI 群によって特に解決されるべき課題としては、以下が挙げられるだろう。1) 移記の対象となる先行文書群の識別、2) 移記の規模の及ぶ範囲、3) 移記における補間や改修、要約など、本文編集論上の移記行為の機能類型の解明、4) 前項でえられた移記類型と、項目執筆者や項目分野・項目分類の違いなどとの相関性の分析、5) 個別的編集意図の再建である。 このうち、申請者のこれまでの研究で、同時代の科学的文献、すなわち総合辞書(主にChambers,Trvoux)、専門事典(James, Lmery, Chaumel 等)、専門書(Le Clerc、Boerhaave、Hoffmann、Stahl等基本医学文献)、学術機関誌(パリ王立科学アカデミー提要および報告等) 等を源泉とする『百科全書』ディドロ項目群リストは概ね整理を終えている。上記文献中でも特に、ディドロ自身が翻訳者として参与したJames, Dictionnaire universel de Mdecine (1744-1747) は、そこからの大規模な『百科全書』への移記の現象を申請者は明らかとしている。そこで本年度については、上記の課題1) と2) については必要な場合に調査を追加するにとどめ、James との校合を通じ、課題3)~5) を主に実施した。
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Strategy for Future Research Activity |
I 群の解明とともに、今後は書き手と本文の原著性に関わる作権史の問題を調査する必要がある。源泉批判のため、ラテン語文献やその近代語(英・仏語)による翻訳、近代語文献とその翻訳、それらの再編纂である学術的辞書(類書・叢書も含む)や多くの抜粋や書評を通じた学術的定期刊行物(priodiques) など、同時代の学術的文書群を通覧していくと、混態的本文の傾向は『百科全書』のみに見られる特殊な現象ではなく、源泉材源自体がさらに別な先行する諸資料群の合成・混成であることに頻繁に気づかされる。こうした広汎に認められる現象を説明するのに、それを法制的に近代的著作権(droit d'auteur)が確立する以前の混乱と言ってすますことはできない。書き手が自らの書記した本文に対する原著者性(authorship) を社会慣習的に他者に承認させる権利に関し、これを中世期以来の文芸の伝統に則して作権(auctoritas) と呼ぶ。この作権は時代やジャンルにおいて特殊に流動する(Machan[1994])。『百科全書』と同時代著述に見られる混態的本文形成、より書き手に近づけて言えばその複作者(multiple auteur) 性は、ひとり『百科全書』に孤立的な現象ではなく、少なくとも18 世紀中葉頃までの初期近代文化のうちにより一般的に見られた、伝統的・文化慣習的な中世以来の作権意識の古層のひとつの現存ではないか問う必要がある。この点は近代的個の意識の覚醒を『百科全書』に強調してきた従来の近代主義的解釈がしばしば見落としてきた面であるため、再検討しなければならない。課題1) 作権史観点からの『百科全書』混態本文形批判の具体的な再検証、2)『百科全書』書き手自身の意識構造、3) 中世以後の作権史におけるそれらの位置づけ、がなされるべきである。
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Causes of Carryover |
謝金に予定していた電子複写作業が、資料入手の遅延により実施できなかったため。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
資料は現在では入手されているため、翌年度分とあわせて使用する。
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Research Products
(2 results)