2016 Fiscal Year Research-status Report
行動規範としての非常時対応マニュアルに関する行動経済学的研究
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16K13350
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Research Institution | Hitotsubashi University |
Principal Investigator |
齊藤 誠 一橋大学, 大学院経済学研究科, 教授 (10273426)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 非常時対応マニュアル / プロスペクト理論 / 現在バイアス / フレーミング / 時間的非整合性 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では、行動経済学で指摘されてきた人間行動の非合理的な側面が、非常時でいっそう顕著に現れることに着目して、非常時でも行動規範として十分に機能する非常時対応マニュアルのあり方を考察してきた。福島第一原発事故の対応において、比較的合理的な非常時対応マニュアルが現場に備わっていたにもかかわらず、現実の事故対応では、マニュアルから乖離していた。実際に観察された事故対応手順には、行動経済学で指摘されてきた次のような人間行動のバイアスが明らかにされた。 第一に,プロスペクト理論の恐怖効果である。事故の初期段階において事故状況を過大に評価したために、徴候ベースの手順書に従うべきであったのにもかかわらず、もっとも高い危機に対応したシビアアクシデントの手順書に従った。第二に,プロスペクト理論の希望効果である。1号機の非常用復水器については、「もしかして機能しているのではないか」という過度に楽観的な期待が現場を支配し、1号機への抜本的対応が大幅に遅れた。第三に,現在バイアスである。1号機から3号機の原子炉に対して、低圧ポンプによって持続的に原子炉を冷却できる体制を構築すべきであったのにもかかわらず、原子炉の即座の冷却が過度に優先されたために、持続性のきわめて低い高圧ポンプによる冷却方法が選択された。第四に,狭いフレーミングである。原子炉冷却装置を支えるさまざまなリソースの制約、とりわけ、冷却水源の制約に配慮することなく冷却方法の選択がなされた。第五に,時間的非整合性である。事故当初から現場サイドは、たとえ原子炉の冷却に成功したとしても、その後の継続使用がほとんど不可能であることを見通していたのにもかかわらず、経営や規制当局サイドは、事故収束のゴールを「原子炉の冷却」ではなく、「原子炉の継続使用」と設定したことから、現場が時間的に整合的な事故対応策をとることが妨げられた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2016年度は,次の作業を予定通りに行うことができた。 第一に,2012年12月までに東電から公開された福島第一原発1号機から3号機までの事故時運転操作手順書のシークエンスをデータとして整理した。第二に,政府事故調査委員会は、2014年9月から12月までに事故関係者に実施したヒアリングの聴取書127人分(のべ202人分)を公表してきたが,当該ヒアリングの聴取書のデータベース化を行った。第三に,事故時運転操作手順書、政府事故調査委員会ヒアリング、東電テレビ会議記録、政府事故調報告について,時間進行ベースの事故の流れを把握できるようにした。 第四に,第一から第三の作業に基づいて,実際の対応における行動経済学的バイアスの検証を行ってきた。そこでは,「実際に採られた事故対応手順」と「事故時運転操作手順書に定められた手順」との乖離を厳密に観察し、それらの乖離パターンにどのような行動経済学的なバイアスがあるのか、どのような要因がそれらのバイアスの背景となっているのかを検証してきた。 以上の作業について,順調に進んできた。
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Strategy for Future Research Activity |
2017年度は,以下の方向に研究を推進していく。 第一に,非常時対応マニュアルの執行体制を考察していく。昨年度の検証結果に基づいて、行動経済学的な見地から行動上のバイアスを回避するような非常時対応マニュアルを考案し、その執行体制を考察する。特に、ある当事者の行動上のバイアスに対して、他の当事者が牽制できるような執行体制モデルを理論的に構築し、そのモデルの現実への展開を試みる。具体的には、現場の最高責任者(所長)の命令系統で行動上のバイアスが生じた場合に、現場の最高責任者と異なる独立のラインが行動上のバイアスを是正するようなインセンティブが働くようなメカニズムについて、理論と実際の両面から考案していく。 第二に,行動経済学的な検証を踏まえて,非常時対応マニュアルの理論的モデルをより現実的なモデルへ展開することを試みる。 第三に,本研究プロジェクトの成果に基づいた研究書を公刊する。具体的には,勁草書房より2017年度までに出版することを予定している。
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Causes of Carryover |
2016年度に予定していたデータ整備作業の一部を2017年度に振り替えたことに伴って,人件費の執行を今年度に振り替えたため。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
2017年度は,予定していたデータ整備作業を進めることで予算を順調に使用することを予定している。
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Research Products
(2 results)