2016 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
16K15000
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Research Institution | Tokyo University of Agriculture |
Principal Investigator |
杉原 たまえ 東京農業大学, 国際食料情報学部, 教授 (20277239)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
岩本 純明 東京農業大学, 国際食料情報学部, 教授 (40117479)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 精神障害者 / 障害特性と農業技術 / 精神医療 / 農業の多様な担い手 / 社会的排除と包摂 |
Outline of Annual Research Achievements |
日本国内には約320万人の精神障害者が存在するとされ、約20万人の精神障害者が1年以上の長期入院を余儀なくされている。近年わが国の福祉分野では「施設型福祉」から「地域包摂型福祉」への政策転換、農業分野でも「障害者を含む多様な担い手の育成」へと、政策転換がはかられている。しかしながら、多くの先進諸国では、精神病治療における「脱施設化」が主流となっているのに対し、日本では入院治療がなお基本形態であり、世界の動きに大きく遅れをとっている。 本研究の目的は、精神障害者の社会的排除の過程について国内外の比較史的検討をおこない、世界的に大きく立ち遅れているわが国精神障害者の地域社会包摂のあり方を批判的に吟味し、農業分野での就労を通じた精神障害者の地域包摂型就労プログラムおよび地域包摂型生活モデルを構築することにある。具体的には、農学(農業経済学・農村社会学)分野の研究者と精神障害治療の最前線を担っている精神科医との共同研究によって、①精神障害者の就労を通した社会包摂を可能とする制度的条件を検討すること、②入院治療を全廃し、精神障害者の農業による「地域包摂型治療」という先駆的実践を通して普及可能なモデルを構築すること、が本研究の最終的な目的である。このために、精神障害者の農業・福祉分野における就労実態の把握、受け皿となる農業事業体の技術的・経営的課題の析出、就労定着にむけた制度的枠組みや政策的支援の検討を計画している。 研究計画では、①精神医療の歴史的推移と現段階の課題(2016年度)、②私的・公的・共的分野を統合する精神障害者就労プログラムの構築(2017年度)、③精神障害者を包摂する地域生活モデルの実践・普及(2018年度)の3課題の段階的研究を計画した。また、精神障害者の農業就労に関しては、①障害者(当事者)、②農業技術、③農業経営、④地域連携、⑤就労、⑥医療の6研究領域を設定した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度は、精神医療の脱施設化の歴史的経緯について、日本国内およびベルギーを事例に、文献収集と現地調査を行うことができた。本年度の課題との関連では、私的分野の「当事者領域」では、長期入院病棟の廃止という先駆的取り組みを始めた公益財団法人正光会御荘病院(愛媛県愛南町)を訪問し、①病院内保護室など隔離治療の歴史的経緯、②精神病患者の地域内包摂の実態、などを把握した。「農業経営領域」では、地域農業の実態と担い手、とりわけ精神障害者包摂の実態を把握した。公的分野では、①差別・隔離下の精神障害の就労状況の実態と課題整理、②精神医療制度の課題について、重点的に研究を推進した。とくに、精神医療の歴史的推移を、医学史・農村社会史を軸に整理した。「私宅監置」という自宅内監禁や医学的根拠を欠く病院への長期収容が、日本で何故容認され続けてきたのか、先行研究を中心に課題整理を行った。また、これとの対比で、精神障害者の脱施設型治療をいち早く導入したベルギーの取り組みを、農業を通じた障害者の地域包摂という観点から比較史的に検討した。 また、本年度の課題としていた、戦争や激甚災害を契機として精神障害を引き起こした当事者と家族ならびに地域との関連についての歴史的検討については、沖縄の精神医療に関する文献収集および先行研究の整理を中心に行った。
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Strategy for Future Research Activity |
2017年度は、国内での定点事例調査を継続実施する。また、2016年度のベルギーに加え、イタリアでの調査を実施する。また両国の比較検討のため、地域連携のもとで精神障害者の農業就労を追究している事例を対象として、重点的な調査・分析を行う。焦点となる検討項目は、精神障害者を受け入れる農業事業体の課題と地域連携のあり方をめぐる課題の2点である。 本研究で設定した6領域別の課題は、以下の通りである。当事者領域では、学生と共に「実習」という形で「参与観察」を実施し、障害者の就労ニーズや直面する困難・課題を、当事者視点に立って把握する。農業技術領域では、障害者の就農を可能にする作業環境整備、作業分解とその連結、障害特性に応じた農作業手順の改善、農具の改良など、障害者にも適用可能な農業技術開発をおこなう。農業経営領域では、精神障害者の就労を受け入れる農業経営サイドから、その意義と課題を明らかにする。精神障害者の就労を阻む重要な要因として、障害者を雇用することに対する農業経営者の不安がある。それ故この研究領域では、不安解消のための実践的指針を明らかにする。地域連携領域では、福祉・農業にかかわる地域内諸組織の緊密なネットワークのもとで、農業の担い手不足問題の解消、耕作放棄地の解消、地域特産品の開発、農業の六次産業化などを推進し、農村振興とそれを担うソーシャルビジネスの展開を通して障害者の地域内包摂を実現する方途を検討する。就労領域では、障害者の農業就労時に必要となる支援内容や支援組織のあり方、適切な労働・作業形態、管理運営方法などを明らかにする。医療領域では、医師による専門的かつ適切な判断のもとで、農業就労を通して精神障害者を地域包摂するための医療的課題を解明し、精神障害者を地域で包摂しうる仕組みを作り上げていく。
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Causes of Carryover |
連携研究者との海外調査が、日程調整がつかずに次年度に延期となったため。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
2016年度の当初計画通り、海外調査を実施する。
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