2016 Fiscal Year Research-status Report
ニッケル錯形成によるアライン極性転換を利用した複雑芳香環構築法の開発
Project/Area Number |
16K17907
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Research Institution | Institute of Physical and Chemical Research |
Principal Investigator |
隅田 有人 国立研究開発法人理化学研究所, ライフサイエンス技術基盤研究センター, 研究員 (40630976)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | ベンゼン環 / ベンザイン / アライン / アライン-Ni錯体 / 多置換芳香環 |
Outline of Annual Research Achievements |
ベンゼン環を自在に修飾し、目的の芳香族化合物を望みのままに合成できれば、基礎有機化学のみならず、材料科学や創薬科学など、多くの分野の発展を飛躍的に加速できると期待される。これに対してアライン(ベンザイン)は、多置換芳香環や多環芳香族炭化水素の合成素子として有用な高活性化学種である。アラインの特異な反応性を利用することで、他の手法では困難な多置換ベンゼン類の合成が迅速に行える。本研究では、アライン化学の新局面の開拓を目的として、「アラインの極性転換」という概念を提案する。すなわち、本来求電子的なアラインを遷移金属との錯形成によって求核的な性質へと変換し、その独特な反応特性を引き出すことで、合成難度の極めて高い芳香族化合物の迅合成法を開発を目指し、研究を遂行した。一般にアラインは単離が困難な高反応性中間体であり、求核剤との反応に利用される。一方、アライン-金属錯体は、アラインが金属に配位した化学種であり、そのアラインと大きく異なる反応特性を利用することで、革新的な芳香族化合物合成が期待される。しかし、その高い潜在性にもかかわらず、アライン-金属錯体の研究に関する報告は未だ限定的であり、構造有機化学あるいは錯体化学的な検討に留まっている。そのため、多様な置換基を有するアライン-金属錯体の調製や反応性に関する知見、さらにそれらに基づく合成素子としての有用性の評価は不十分であった。そこで本研究では、まずアライン-ニッケル錯体の多様性を指向した調製法を確立する。さらにニッケルとの錯形成によるアラインの極性転換を利用した新しい方法論を開発し、既存の手法とは異なった新規芳香族合成を実現する。平成28年度では、合成化学的に有用なアライン-Ni錯体の汎用性の高い簡便調製法を確立と、それに基づくアライン-ニッケル錯体を用いた新規化学変換の開発に成功した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
これまで報告されているアライン-ニッケル錯体の調製法は、終盤で強力な還元剤が必要であったり、また穏和に調製が可能であるものの前駆体の合成が煩雑であるな ど多様かつ複雑な構造を有するアライン-ニッケル 錯体の調製には不向きであった。 一方申請者は最近、オルト位に良い脱離基であるトリフルオロメタンスルホニル基を有するボロン酸エステルから効率よくアラインを発生できることを見いだしている(Yuto. Sumida, Tomoe. Kato-Sumida, Takamitsu. Hosoya, Org. Lett. 2013, 15, 2806)。このアライン前駆体は、フェノールまたは2-ハロフェノールからイリジウム触媒による直接的オルト位ホウ素化、または宮浦・石山ホウ素化によってホウ素官能基を導入した後、つづくトリフリルオキシ化によって2工程で調製できるため、種々の官能基を有する前駆体の調製が可能である。本研究では、この独自のアライン前駆体を利用して低原子価ニッケルへの酸化的付加、つづく塩基による分子内トランスメタル化を経由することで、温和な条件下、多彩な構造が誘導可能な実用性の高いアライン-ニッケル錯体調製法を確立に成功した。本手法により、広汎なアライン-ニッケル錯体を合成でき、いくつかの基質においては単結晶X線構造解析による詳細な構造決定を行うことができた。この結果、共通の前駆体から、それぞれ反応性の異なるアラインの発生とアライン-ニッケル錯体の調製が可能となった。また本手法により合成したアライン-ニッケル錯体をもとに、いくつかの新しい化学変換の開発に成功した。具体的には連続的アルキル化・シアノ化、また連続的異種アルキル化反応を開発した。さらに、次年度の計画として、アライン-ニッケル錯体の求核的な性質を利用して、求電子的なアラインとの交差選択的な環化反応の確立を目指す。
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Strategy for Future Research Activity |
このアライン-ニッケル錯体調製法を基盤技術として、さらなる化学変換を開発する。アライン-ニッケル錯体は、求核的な性質を示すことから、通常のアラインとは全く異なった変換が期待できる。このアライン-ニッケル錯体の反応特性を利用してアライン-アラインの形式的クロスカップリングの開発を行う。現在予備的に、アラインA-ニッケル錯体に対して過剰量の 異なるアラインBを系中発生により反応させると、[2+2+2]環化付加反応が進行し、[A+B+B]トリフェニレン誘導体が選択的に得られることを見いだしている。またこの反応において、一当量のアラインBを反応させた後、さらに異なるアラインCを作用させると、その効率に改善の余地があるが、出発 物質のアラインA-ニッケル錯体と合わせて三種類のアラインによる[A+B+C]環化付加体が得られることも確認している。これは形式的な異種ベンザインのヘテロ三量化と見なせ、アラインの極性転換が可能にする極めて希有な分子変換といえる。本手法を最適化し、基質適用範囲の拡大に加えて、収率、選択性の向上を図ることで、トリフェニレン類の on-target 合成法を確立する。トリフェニレン誘導体はその電子輸送特性から有機半導体として用いられており、長鎖 アルキル基が置換したものはディスコティック液晶性を示すことが知られている。今回の形式的なアラインのヘテロ三量化は、未踏のトリフェニレン環構造の構築を可能にすると考えられ、新たな物質特性を有するトリフェニレン類の創出に繋がると期待される。また本手法において、アラインA-ニッケル錯体とアラインBとの反応で得られる中間体はジベンゾニッケロールであり、さまざまな反応剤を作用させることでこれまで困難であった骨格の構築に繋がるため、このジベンゾニッケロールを基盤とした新規化学変換も合わせて検討する。
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Causes of Carryover |
研究計画が極めて順調に進んだため、目的化合物を合成するための試薬や溶媒や不活性ガス、得られた化合物を精製するシリカゲルなどの精製資材、さらに合成したニッケル錯体の単結晶X線構造解析依頼費が当初の研究計画で計上していた額よりも低いものとなった。とくに、本研究課題の核となるニッケル錯体を合成する際に大量に必要となる低原子価のニッケルは比較的高価であるが、わずか二工程と、極めて効率のよいニッケル錯体の調製法が確立できたため、大幅に削減できた。また精密質量分析はこれまで全て依頼分析していたが、共通利用機器として精密質量分析が可能な質量分析装置が導入されたため、これにより、精密質量に関する外部への分析依頼費が一部削減することができた。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
次年度では、アライン-ニッケル錯体とアラインの反応性の違いを利用してアライン-アラインの形式的クロスカップリングの開発を行う。すなわち、アライン-ニッケル錯体とアラインを反応させると、ジベンゾニッケロール錯体が生じる。これともう一種類のアラインが反応すると非対称トリフェニレンが合成できる。次年度の研究計画は、このアライン-ニッケル錯体と不活性結合の挿入反応により得られるベンゾニッケロール錯体を中心として、多様な変換を開発する。そこで、より多量のベンゾニッケロール錯体を合成し、次の変換へ適用するとともに、その構造解析により電子的、立体的な性質を明らかにするため、前年度より大幅に低原子価のニッケル錯体の購入に充てるとともに、単結晶X線構造解析依頼費が必要となる。また前年度の研究計画が順調に進んだことから、これらを発表する機会を得るため、複数の学会参加、発表を計画している。
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