2018 Fiscal Year Annual Research Report
The Vicissitudes of Concepts of "Right Congition" in Medieval and Early Modern Europe
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17H02406
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Research Institution | University of Yamanashi |
Principal Investigator |
皆川 卓 山梨大学, 大学院総合研究部, 教授 (90456492)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
田口 正樹 北海道大学, 法学研究科, 教授 (20206931)
三浦 清美 電気通信大学, 情報理工学域, 教授 (20272750)
鈴木 道也 東洋大学, 文学部, 教授 (50292636)
石黒 盛久 金沢大学, 歴史言語文化学系, 教授 (50311030)
長谷川 まゆ帆 東京大学, 大学院総合文化研究科, 教授 (60192697)
小山 哲 京都大学, 文学研究科, 教授 (80215425)
坂本 邦暢 東洋大学, 文学部, 助教 (80778530)
甚野 尚志 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (90162825)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 聖霊 / 旧訳と新約 / 文字通りの解釈 / ローマ解釈 / 人文主義 / 公会議 / 国制形成期 / 多数決 |
Outline of Annual Research Achievements |
2018年度も前年度に引き続き、研究代表者および研究分担者は、各々の専門領域において当該研究課題の研究を推進し、二度の研究会でその研究成果の共有および全体の分析を行った。テーマは「正しい認識の評価における聖性と暴力」および「正しい認識を生み出す公共秩序の観念」である。この年度に事例研究を報告したのは三浦清美、鈴木道也、小山哲、田口正樹の四名であった。 三浦はビザンツ崩壊・西欧人文主義への不信の中にあった一五世紀末ロシアで、旧約聖書を引用しアウトクラトール(地上の最高権威)の暴力を「正義」とするヴォロツキイらの議論が、ツァーリの政治権力を背景に、荒野修道制から生まれた自由な思推に基づく理論を圧殺する過程を論証した。鈴木は一五世紀初頭フランスの人文主義者ジェルソンの君主論を分析し、当時の暴君放伐論と公会議主義に共通する聖書援用(濫用)の傾向に対する批判の中で、彼がのちの宗教改革を象徴する「聖書の言葉通りに」を解釈の要としていたことを論証すると共に、その「読み」の正しさの基準に視野を広げ、修辞や全体のコンテクストからの解釈を構想していた点を明らかにした。小山は近代以降「正しさ」と誤解される多数決への問題を背景に、一八世紀ポーランドの国制問題とされる国会の「自由拒否権」が成立した一七世紀後半の背景を検討し、それが正常に機能する国会の下、当時なお存在した王の専制への正確な認識や、広大な領土で集権的対応が困難な実情、当時の政治的評価の基準であった人文主義的分析を経た実践的正義であったことを論証した。田口は一五世紀半ばまでの神聖ローマ帝国の司法制度構想の発展過程を分析し、それが公会議における教会改革の一端として案出され、帝権や諸身分の協力による常設裁判所による正義の実現が構想されたこと、しかしそれは各領邦の裁判権の温存が前提であり、構想にもその差が現れていたことを論証した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2018年度11月に招聘予定であったザルツブルク大学教授アルノ・シュトローマイヤー氏(近世中欧政治史・宗派史・情報史)の来日延期により、年度初めの段階では近世中欧の研究状況情報(とりわけ「正しい認識」の評価における人文主義の影響について)が不足し、政治史的な視点での比較検討の進展に支障を来す可能性も考えられたが、研究計画を組み替え、前年度後半の神学・哲学理論における正統性の問題を、キリスト教・人文主義と法制・政治的正統性の関係の問題に接続させることにより、前近代キリスト教圏各地の社会的行動(政治をはじめ、その枠組みを成す知識人・メディアの論争、法制や教会制度の再編活動など)の諸条件と、神学的・人文主義的理論(旧約・新約両聖書の援用、特に中西欧で感覚を支配するとされた「聖霊」=「精神」を巡る解釈)の間の組み合わせに焦点を絞ることに成功した。具体的には、中世の伝統的教会(カトリック、ビザンツ正教会)が担ってきた「正しい認識」が、東西教会における聖俗関係の制度化、およびその教会への反射である聖書解釈の多様化によって、(言説空間を含む)地域ごとの経験知との関係を強め、そこからキリスト教の枠内で、内面の自律か権威への服属か、政治的市民の自由か多数決かなど、近代政治社会における「正しい認識」の論点が焦点化し、各地域の知的・政治的アクターにとって有利な「正しい認識」が選択されたこと、である。これらの研究成果は、2018年8月と2019年3月に北海道大学と早稲田大学での研究会で行われた四つの専門研究の報告後に、研究参加者が交わした議論(これらは当初計画に従って議事録として記録し、研究参加者にフィードバックしている)、およびその間の2018年7月・11月に行った他科研費等との共催研究会を通じて、年度終了までにはおおよそ把握された。
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Strategy for Future Research Activity |
2018年度終了時においては、二つの点が未解明であった。それは、①2018年度には「正しさ」の思想的基盤(キリスト教やローマ理念)の普遍性が争われない対象の研究に力を入れたのに対し、普遍性自体が揺らいだルネサンス・近世の中欧地域や地中海地域の知的営為の中で、何が「正しい認識」の根拠とされたか、という点、もう一つは②身分的・職業的エリートにのみ焦点をあてていたこれまでの研究では全く空白であった近世民衆の「正しい認識」の生成過程、およびそれとエリートの「正しい認識」との接点である。①については2019年11月に、前年度来日予定で延期となったシュトローマイヤー氏に加え、研究分担者の石黒盛久の尽力により、ベルガモ大学教授マルコ・ペッレグリーニ氏(中世・ルネサンス思想史、宗教史)の来日講演、研究会参加の承諾を得ることができた。これにカトリック思想史の第一人者である甚野尚志とルネサンス思想史をリードする石黒盛久が報告者として加わることにより、その研究目的を達することが期待できる。また②については、人類学的・社会学的史学方法論の泰斗であり、市民や農民などの民衆世界、特に女性性の「正しい認識」について膨大な研究実績のある長谷川まゆ帆が、18世紀フランス民衆にとっての「多数決」とは何かに焦点をあて、ルイ14世期のローマ法学者ドマの理論の継受とその地方行政・農村政治への浸透、およびエリートとのインターアクションの分析を進めており、小山の研究成果と共に、近代民主政の中核的問題である「多数決」と「正しさ」の感覚の関係が解明される予定である。以上の諸研究により、北西ユーラシア・キリスト教世界の「正しい認識」が、各地域の中世中期から近世の宗教的・政治的条件に規定されて発展した多元的知性であり、「合理性」の尺度によって単純に序列化できるものではないことが解明される見込である。
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Research Products
(24 results)