2017 Fiscal Year Research-status Report
18世紀ドイツにおける〈人間〉をめぐる言説 ― ヴィンケルマンを手がかりに
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17K02615
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
田邊 玲子 京都大学, 人間・環境学研究科, 教授 (80188367)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | ドイツ文学 / ヴィンケルマン / 人間学 / 身体 |
Outline of Annual Research Achievements |
「高貴な単純と静謐なる偉大さ」という芸術観で知られるヴィンケルマンは、美術史、考古学の祖とも言われ、おもに美術史の関連で論じられてきた。一方、かれの著書は、美術を語りながら、古代ギリシアに仮託された、近代市民社会道徳の抑圧を知らない美しい身体とその身体に宿る闊達でのびやかな精神、それを育む、学問と芸術の栄える自由で平等な共同体という人間像が提示され、同時代の人たちを魅了した。本研究は、ヴィンケルマンの著作を18世紀の人間学の関連で捉えなおし、18世紀ドイツにおける〈人間〉をめぐるざまざまな言説を探求しようとするものである。 平成29年度は、ヴィンケルマンの著作が喚起する人間像のさまざまな要素を検討し、あわせてヴィンケルマンが直接参照した、古典古代および近代の著作も検討するなかで、とくにどのような要素がヴィンケルマンの人間像に顕著であるのかを明らかにするという計画にそって、研究を進めた。 検討したのは、『絵画と彫刻におけるギリシア芸術の模倣について』『公開状』『解説』(1755/56)で、項目は、1.身体鍛錬;2.身体鍛錬の場であり、かつ自由な学問・討論の場としてのギムナシオン;3.人物(英雄性)の表現としての身体をめぐる配慮;4.気候と人間の身体/健康・気性の関係;5.比較民族学などである。 また夏のドイツ出張においては、ドイツ国立図書館フランクフルト館で、関連既刊・新刊研究書などを調べたほか、最近まで入手不可かつ国内所蔵のなかった、パリ国立図書館所蔵のヴィンケルマンの抜き書き集を細かに調査し著作との関連を検討したElisabeth Decultot: Untersuchungen zu Winckelmanns Exzerptheftenを精査した。また、ドレスデンにおいては、ヴィンケルマンが論じている彫像および絵画を確認した。 以上のように29年度は、本研究の基礎となる作業を進めた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
29年度は本研究の基礎となる作業を進めた。『絵画と彫刻におけるギリシア芸術の模倣について』『公開状』『解説』に提示された項目に関連する著作として、確認したのは、1.身体鍛錬:スパルタの身体鍛錬については、クセノポン『ラケダイモン人の国制』;プルタルコス『リュクルゴス』。2.身体鍛錬の場であり、かつ自由な学問・討論の場としてのギムナシオン:プラトン『リュシス』『法律』『国家』など。3.人物(英雄性)の表現としての身体をめぐる配慮:ホメロス『オデュッセイア』;ルキアノス『アナカルシス』。4.気候と人間の身体/健康・気性の関係:ヒポクラテス『空気、水、場所について』;キケロ『運命について』;モンテスキュー『法の精神』第三部などである。しかし、『古代美術史』を検討することはできず、30年度に持ち越すこととした。したがって、この点では当初の計画よりは遅れていることになる。 一方、ドイツ滞在時の資料探索のさい、18世紀の人間学についての先行研究の情報を収集するとともに、ある程度は先行研究に目を通すことができた。啓蒙期の人間学は、おおきく1.医学・哲学的人間学と2.さまざまな人種の体系的比較に分けることができ、1.の特徴は、〈全き人間〉観の構築、すなわち、感覚と認識、身体と魂、官能と理性、自然と文化、生物学的決定と自由の不可分の一体性、といった観点からの人間観の構築である。ヴィンケルマンの場合も、双方の観点に加え、博物誌(リンネ、ビュフォン、猿との比較)や神話(聖書)との関連から検討する必要があることがわかった。18世紀(前半)の人間学をめぐる議論の検討については、30年度以降の課題としていたが、29年度からとりかかることができた。 以上のように、現在までの進捗状態は、遅れている部分もあるが、先取りして進めた部分もあり、全体として、おおむね順調に進展しているといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
30年度については、まずは、29年度から持ち越した、『古代美術史』における人間像および、ヴィンケルマンが参照した古代ギリシア・ローマおよび近代の著作の検討を進めるとともに、本来の予定であった、18世紀前半の人間学について、観点を整理し、ヴィンケルマンに認められる「人間学」の重点的要素を選び、検討する。 人間学の議論にかんしては、研究計画にあげた先行研究に加え、 Fritz Kramer: Verkehrte Welten; Alexsander Kosenina: Literarische Anthropologie. Die Neuentdeckung des Menschen; Karl Heinz Kohl: Der Entzauberte Blick; Stefan Hermes: Der ganze Mensch - die ganze Menschheit: Voelkerkundliche Anthropologie, Literatur und Aesthetik um 1800 なども検討するが、常時最新の議論に目をくばる。 以上を踏まえて、18世紀前半の「人間学」の議論のうち、ヴィンケルマンに認められる重点的要素を選び、検討し、可能であれば、同時代への影響についても考察をすすめる。現在想定しているのは、1.感覚による感性/視覚の優越;2.快楽/愉悦を語る言説;3.ユートピア/高貴なる野生人;4.理想的人間性醸成の条件;5.動物としての人間と、世界における優越存在としての人間観などであるが、随時修正してゆく。 また、2017年はヴィンケルマン生誕300年、2018年は没後250年の記念の年であり、この間、さまざまな観点からヴィンケルマンにアプローチする研究書や展覧会カタログなどが発行されている。こうした書籍もフォローしておく。
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