2021 Fiscal Year Research-status Report
18世紀ドイツにおける〈人間〉をめぐる言説 ― ヴィンケルマンを手がかりに
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17K02615
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
田邊 玲子 京都大学, 人間・環境学研究科, 名誉教授 (80188367)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | ドイツ文学 / ヴィンケルマン / 人間学 / 身体 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度前半は、退職後の様々な雑事や体調不良のために、思うように研究を進められなかった。そのなかで、ヴィンケルマン初期著作の翻訳の仕上げに多くの時間を費やし、2022年1月に原稿を出版社に渡すことができた。2022年度中に出版の予定である。 さらに、ヴィンケルマンの影響を大きく受けた人間学の例としてヘルダーの著作の検討を始め、年度内に『彫塑』をある程度丁寧に読むことができた。 ヴィンケルマンの著作を人間学の観点からみるとき、ギリシア(芸術)観は、一種のユートピア構想といえる。ヴィンケルマンの独自性を明らかにするために、ドイツにおけるユートピア(小説)の伝統を振り返る必要がある。18世紀ドイツのユートピア小説はシュナーベル『フェルゼンブルク島』(1731)が有名であるが、前世紀に遡ってヨハン・ヴァレンティン・アンドレーエ著『クリスチアノポリス』(ラテン語1619、ドイツ語版1741)を、さらに18世紀のルードヴィヒ・エルンスト・フォン・ファラモント(フィリップ・バルタザール・ジーノルト・フォン・シュッツの偽名)著『世界で一番幸福な島、あるいは充足の国。その国の統治法、状態、豊穣、住民の風俗、宗教、教会の体制など、この国が発見された経緯を含めて』(1723)を検討した。それぞれルター派、敬虔主義という宗教的立場が濃厚で、当時のヨーロッパの反転世界としての理想的国家・社会を描く。封建身分制の抑圧と搾取の不自由からは一線を画すものの、キリスト教的道徳に基づく厳格な規律社会であるが、そこに「自由」が見いだされた。その枠組みを乗り越えようとしたのがヴィンケルマンのユートピア的ギリシア観であるが、詳細な検討が必要である。 そのほか、18世紀の人間学の大問題である人間と動物/猿との関係についての参考文献を読むことができた。本年度はドイツでの資料収集はかなわなかった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
4: Progress in research has been delayed.
Reason
本年度は、昨年度のコロナ禍による実質的中断を経て、一昨年度までに積み重ねてきたことを見直し、まとめに向けての筋道を明確にする予定であった。しかし、前半は上述のように思うようには研究を進められず、加えて、コロナ禍によりドイツでの資料収集がかないそうになかったため、途中でその計画を諦めざるをえなかった。その代わり、これまで断続的に続けてきたヴィンケルマン初期著作と書簡の一部の翻訳を仕上げることに注力した。当時のヨーロッパのみならず、広範かつ長期にわたって人間学を超えて甚大な影響力を持ち続けたヴィンケルマンの初期の著作を、膨大な原註も含め、新訳できちんと紹介することは、本研究の意図にかなうものである。 加えて、上述のようにヘルダーの著作およびドイツのユートピア小説を検討したほか、18世紀の人間と動物/猿との関係についての言説を、参考文献Pethes, Nicolas: Anthropomorpha in Europa;Roesch, Gertrud Maria: Rotpeters Vorfahren. Zur Tradition und Funktion der Affendarstellung bei Johann Gottfried Schnabel, Afred Kubin und Franz Kafka;Foerschler, Silke: Ikonografie der kleinen Unterschiede. Chardins malender Affe und Menschenaffen in naturhistorischen Illustrationenで検討した。 ただまだ個々のトピックをばらばらに扱っている状態であるので、今後どのような観点を軸に全体をどのように構成して、研究成果を形にしてゆくか、検討が必要である。
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Strategy for Future Research Activity |
これまで積み重ねてきたことをもう一度見直して、まとめに向けての筋道を明確にする。基本的に、2020年度に予定していた推進方策を受け継ぐことにする。 1.まず、ヴィンケルマンの『古代芸術史』における人間観の検討を進める。人種観、ヨーロッパ中心主義等、ネガティヴな側面にも向き合うことが必要である。 2.1.の結果との関連になるが、本研究で扱うことを予定していた人間学の諸観点について検討を行う。a. 感覚による感性・視覚の優越。たいしてヘルダーの触覚優越観をどうとらえるか。;b. 快楽/ 愉悦を語る言説 : Brockes (1680 - 1747): Irdisches Vergnuegen in GOTT; Johann Arnold Ebert (1723-1795): Das Vergnuegen. Eine Serenade (1743);アナクレオン派の詩人たち。キリスト教の脈絡と、ギリシア受容の脈絡との相違の実質を探る;c. ユートピア/高貴なる野生人の言説。ヨーロッパの反転社会像を構成する軸の検討。; d. 理想的人間性醸成の条件。人間の完成可能性と教育の問題について。;e. 動物としての人間と世界における優越存在としての人間観について、一次資料を検討する。これらすべてを行うのは恐らく時間的に不可能であるが、あくまでヴィンケルマンを軸として、取捨選択して研究を進める。同時に全体の構成を考える。 3.できるならば年度末までに研究成果をまとめたいが、現状を鑑みると、困難が予測される。そこで遅くとも次年度の研究成果公開促進費申請に間に合うよう、まとめるようにしたい。 可能ならば、ドイツに行って最新の研究状況の調査と資料収集を行いたいが、2022年度も実現の見通しはどうもおぼつかない。九月頃までの様子を見て、最終的に本年度の予算執行の判断をしたい。
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Causes of Carryover |
コロナ禍によりドイツに行けず旅費に考えていた予算が執行できなかったため。できるだけドイツ渡航を考えるが、現在の状況ではおぼつかないため、図書購入や、研究成果執筆のための画面の大きめのパソコン購入などを考えたい。
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