2018 Fiscal Year Research-status Report
伝統音楽の教授法・学習法とその変化~明治・大正期能楽を中心として
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17K17745
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Research Institution | Joetsu University of Education |
Principal Investigator |
玉村 恭 上越教育大学, 大学院学校教育研究科, 准教授 (50575909)
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Project Period (FY) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 能楽 / 伝統芸能・伝統音楽 / 教授法 / 学習法 / 素人 / アマチュア |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度はミクロな視点から、ある地方・地域のある担い手たちが具体的にどのような活動を行っていたのか、検証する研究に着手した。着眼したのは、都市部での富裕層(いわゆる「富豪」)の文化活動としての能楽実践と、地方の素人による地域活動としての能楽実践である。前者について、明治・大正期にかけて財閥系の富豪を中心に伝統文化に深くコミットした人物が何人かいたことが知られているが、彼らが具体的にどのような活動をどういう形でしていたのか、より踏み込んだ形で明らかにすべく調査を行った。彼らの活動が我々のいう「趣味」の領域を大きく逸脱するものであったこと、謡や舞を嗜むその嗜み方が、時に本式の能を小さくない頻度と密度で演じるなど、単なる「習い事」の域を超えた、かなりの「重さ」を持つものであったこと、さらに、そうした活動がいわゆる余暇ではなく社会活動の要に位置付けられるものであったこともわかってきた。後者については、新潟県内、とりわけ佐渡地域に着目し、素人・アマチュアの能楽実践の実態を具体的なレベルで明らかにする調査を行った。佐渡は「芸能の島」であり、とりわけ能が地域に根差した芸能としてさかんに行われてきた。より子細に見ていくと、これまでの研究では視野に入っていなかった活動があったことがわかってくる。佐渡には能舞台を用いず能装束をつけず、〈能楽〉という意識も希薄な中で、いわば生活習俗の一環として謡や舞の稽古を行う実践が見られる。能楽史の表舞台には登場しないこれらの実践が、しかしある一群の人々によってリアリティを持つものとして観念されていた(いる)し、それもまた間違いなく佐渡の能楽文化の一端を形成している。このことが、ある集落での婦人会による能楽実践を調査することで明らかになってきた。以上の点を学会および研究会で口頭発表の形で報告するとともに、公表した論文に成果の一部を織り込んだ。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
上記諸点について検討を進めてはいるものの掘り下げる余地を残している。富裕層の能楽実践については、担い手が思いのほか多く活動も広範であったこと、資料の残存状況が良好でないこと(経営学などの方面では研究も進んでいるようだがそちらの方面の資料は整備されているものの、芸能関係の記事や資料はあまり残っていないか、残っているかどうかが不明)などから、大まかな動向以上の細部がまだ見えてきていない。今後は対象を絞るなどして、より具体的な部分を明らかにしていく必要がある。佐渡の婦人会での能楽実践についても、まだ細かな部分の情報が確定できておらず、また明治・大正期にまで遡れる資料が十分には集まっていない。これまでの調査ではフィールドワーク、特に実践者への聴き取りで得た情報が主であり、聴き取りの回数を増やして個々の情報の蓋然性を高めたり、文字・文書による記録で裏付けを行っていく、時代をさかのぼって実践のありようを探っていくなどの作業がさらに求められる。
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Strategy for Future Research Activity |
上記した不足の点を補い調査の精度を高めた上で、成果の形に公表する。資料・情報の収集を継続して行いつつ、本研究の主題である〈稽古〉の諸相と実態に焦点を絞って検討を進める。あたるべき資料にはおおよその目星をつけてあるので、調査の機会を作ること、そのための時間を確保することに意を用いる。佐渡地域の能楽実践についてはさらなるフィールドワークも行う。次年度はまとめにあたる年なので成果を出すことを主眼に考えるが、後者の作業については相手のあることであり、地域の生活や行政の動向などとも絡んでくるため、慎重に事を進める必要がある。関係者に情報提供を乞える協力体制は構築してあるので、これも時間と機会を確保して調査を勧めていきたい。 やや根本の問題になるが、概念の見直しが必要になってきた部分がある。素人やアマチュアと呼ばれる人たちの動向について探る中で、〈素人〉〈アマチュア〉のありようが地域や時期によって一様ではないことがますます明らかになってきた。そもそも玄人と素人が截然と分けられるものではなく、どちらともつかない活動をしている人が多くいたことに加え、とりわけ非都市部にあってはそうした人たちの公私に跨る活動が当該地域・地方の能楽実践の様子を大きく左右しており、そのことが〈素人・アマチュア〉を包含した形で能楽史を描き出すことを困難にしている。ことは単に〈どんな稽古をしていたか〉の事実だけを見ればよいという問題ではなく、そもそも〈能楽〉がどのようなレベルの芸術実践として享受・実践されていたか、その中で〈稽古〉や伝承の活動がどんな機能を果たしていたかを捉え返す必要がある。焦点が拡散する危険性も否めないが、問題の広がりが出てきたという意味では喜ばしいことでもあるので、問題の広がりを殺さない形で議論を一定の段落に導いていけるようバランスの取れた議論を心がける。
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Causes of Carryover |
調査に係る経費(旅費、文献収集・複写、人件費)の支出が予定より少なかった。古い資料の一部がデジタル化されオープンリソースの形で入手できたこと、成果発表の機会が比較的近隣の地で得られたことなどが幸いした面はあったが、一部入手が困難な資料で支出にまで至らなかったり、計画していた調査が校務その他の用務との関係で日取りが合わず実施できなかったなど計画どおりに進まなかったことが影響している。次年度調査、資料整理および成果発表のための経費として繰り越し、特に調査にかかる費用については年度の前半までの早い段階で執行することとする。
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Research Products
(6 results)