Research Abstract |
研究実施期間の最終年度である本年度は,昨年度実施した「私小説」の認知状況の調査から得た課題の検討,下準備をすすめた「私小説」作品翻訳比較,文学伝統,風土・社会構造からの比較など,研究の取りまとめに向かった。実質的には,夏にワークショップ,春と冬に研究集会,合計6回の勉強会を開催し,これらの内容報告については,昨年から引き続き本研究課題ウェブサイト(http://www.i-novel-hosei.org/kaken.htm)にて公開している。「私小説」の認知状況の調査は,台湾の調査結果の取りまとめを行い,調査結果から得た課題について具体的作品の検討を行った。中国,韓国,台湾それぞれの地域における,日本の近代文学の直接的影響が見られる近代の「私小説」的作品,それとの関係が明確でない現代の「私小説」的作品をそれぞれ分析し,その結果,各地域に共通してみられる現代の「個人化」の傾向は,近代の「私小説」的作品の影響よりも,時代や社会,ツールの変化,既成の文学に対する反動による面が大きいことが分かった。翻訳比較においては,志賀直哉「城の崎にて」をテキストに,中国語訳,韓国語訳のテキストを再和訳し全体の比較検討を行った。「城の崎にて」1作からは,例えば韓国語訳においては,「自分」という主語の削除,文末の曖昧表現の断定化,過去時制の増加など,作品のテーマに関わる文章上の問題が見受けられ,今後「私小説」と日本語の問題を考える上での指針となった。また,海外の「私小説」研究書として,昨年の中国語の研究書に引き続き,韓国語による研究書・安英姫『日本の私小説』の全訳の完成,英語による研究書E・ファウラー『告白のレトリック-20世紀初期の日本の私小説』の「序論私小説における現象と表象」の翻訳を行った。また,これまでの研究成果をまとめた「研究成果報告書」を作成した。
|