2019 Fiscal Year Annual Research Report
「原子核時計」実現にむけたトリウム229核異性体準位のエネルギー測定
Project/Area Number |
18H01241
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Research Institution | Institute of Physical and Chemical Research |
Principal Investigator |
山口 敦史 国立研究開発法人理化学研究所, 開拓研究本部, 研究員 (70724805)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
満田 和久 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構, 宇宙科学研究所, 教授 (80183961)
前畑 京介 九州大学, 工学研究院, 准教授 (30190317)
菊永 英寿 東北大学, 電子光理学研究センター, 准教授 (00435645)
滝本 美咲 国立研究開発法人日本原子力研究開発機構, 核燃料・バックエンド研究開発部門 核燃料サイクル工学研究所 放射線管理部, 技術・技能職 (40832316)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 原子時計 / 原子核分光 / ガンマ線分光 / カロリーメーター |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、原子核遷移の共鳴周波数を基準とする光周波数標準の実現をめざし、トリウム229 (Th-229) の超低エネルギー核遷移の遷移エネルギーを精密に測定することである. トリウムの同位体Th-229の原子核準位には、基底状態からエネルギーがわずか8.3 eVのところに準安定状態(アイソマー状態と呼ばれる)が存在する.8.3 eVは、波長に換算すると150 nmと真空紫外波長であり、レーザーが作成可能なエネルギーである.従ってTh-229の原子核は、この2つの準位間の遷移を使いレーザー分光できると考えられている.その応用として注目されているのが、この核遷移にレーザー周波数を安定化する周波数標準 : 原子核時計である.原子核時計の精度は、既存の原子時計を1桁上回る19桁に達すると予測されている.しかしこの核遷移の共鳴エネルギーは2桁の精度でしか測定されておらず、レーザー分光も実現されていない. 本研究では、超高分解能ガンマ線検出器である超電導転移端センサー(TES, Transition Edge Sensor)を用いて、ウラン233(U-233)がα崩壊してTh-229に壊変するときに放出されるエネルギー29 keVのガンマ線を精密に分光し、遷移エネルギーを精密に決定することを目指している.U-233がTh-229にα崩壊する際、ある確率でトリウム229の第2励起状態(エネルギー29 keV)を経由する.この第2励起状態からは、基底状態とアイソマー状態の両方に崩壊するため、この2つの崩壊過程で放出されるエネルギー29 keVのガンマ線エネルギーの差をとることで、アイソマー状態のエネルギーを決められる.この手法を用いて、本年度、アイソマー状態のエネルギーを8.30(0.92) eVと決定した.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究では、ウラン233がトリウム229に崩壊する際に放出されるエネルギー29 keVのガンマ線スペクトルの分裂を精密に測定することで、トリウム229のアイソマー状態のエネルギー(8 eV程度)を測定することを目指している. ウラン233はα崩壊してトリウム229に壊変するが、この際ある確率で、トリウム229の第2励起状態(エネルギー29 keV)を経由する.この第2励起状態からは、基底状態とアイソマー状態の両方に崩壊するため、この2つの崩壊過程で放出されるエネルギー29 keVのガンマ線エネルギーの差をとることで、アイソマー状態のエネルギーを決められる. 先行研究で、大型放射光施設SPring-8の放射光を用いて、Th-229の原子核を基底状態から29.2 keVの第2励起状態に励起することに成功し、そのエネルギー(E_CRと呼ぶ)を29189.93±0.07 eVと決定している.本研究では、独自に開発した29keVでエネルギー分解能36 eV(半値全幅)のTES素子を使い、残りの第2励起状態とアイソマー状態の間のエネルギー(E_INと呼ぶ)を測定した.その結果、E_INを29181.63±0.92 eVと決定し、E_CRとE_INの差をとることで、アイソマー状態のエネルギーを8.30±0.92 eVと決定した.この値は、2019年に異なる実験手法で測定された、他の2つの実験グループによる最新の測定値と一致した.以上の結果をPhysical Review Letters誌に発表し、Editors’ selectionに選定された. 今後は、残りの期間でさらに精度良くエネルギーを決定するために、各種改善を実施する.
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Strategy for Future Research Activity |
今年度、Th-229のアイソマー状態のエネルギーを8.30(0.92) eVと決定した.今後は、エネルギー分解能の改善したTES素子を用いて、アイソマー状態のエネルギーをさらに精度良く決定することをめざす. 本研究では、エネルギー30 keVで分解能が15 eV(半値全幅)に向上した(今までの分解能は36 eV)TES素子の開発に成功しており、今年度その成果を論文誌(Journal of Low Temperature Physics誌)に発表した.この新しいTES素子を使用したテスト測定では、今までにない温度ゆらぎに起因すると考えられる分解能の悪化が観測されている.今後、このゆらぎをデータ処理において補正する手法を開発し、さらなるエネルギー分解能の改善も試みる. シミュレーションによると、この改良型TES素子を65 mKに冷却し、約50日間測定すれば、さらに精度良くアイソマー状態のエネルギーを決定することができる.TES素子の冷却には希釈冷凍機を使用するが、その長期運転を制限する主な要因の1つは、循環ヘリウムガス中の不純物の増加である.今年度、このポンプを不純物ガスの放出が少ないオールメタルポンプへ交換し、さらなる長期連続運転が可能な体制を整えた.また、限られた測定時間で多くのスペクトルデータを収集できるよう、3つのTES素子を使い同時にデータ取得する体制も整えている.また今年度、絶対エネルギーをより正確に決めるために必要な、エネルギー29 keV周辺用のエネルギー校正用線源(Am-241およびBa-133)も準備した. 以上の準備のもとに、今後は、さらに精度良く第2励起状態とアイソマー状態の間のエネルギーを測定することで、Th-229のアイソマー状態のエネルギーをより高精度に決定することを目指す.
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