2019 Fiscal Year Research-status Report
色とその知覚的クオリアの存在論的身分に関する包括的な哲学的理論の確立
Project/Area Number |
18K00038
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Research Institution | Shinshu University |
Principal Investigator |
篠原 成彦 信州大学, 学術研究院人文科学系, 教授 (60295459)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 色 / 物心二元論 / クオリア / エネルギー保存則 |
Outline of Annual Research Achievements |
物理学を中心とする科学的世界観のうちに色を位置づけることの困難さは、古くから指摘されてきた。だが、いまだ決着を見るには至ってない。その主たる要因は、我々には事物が色という性質を備えているようにしか見えないという事実と、科学的世界観との決定的な折り合いの悪さにある。本研究は、この問題を解消すべく、事物に帰される色についてはその存在を否定し、実際は知覚者のうちに生じる<彩られた視界>が環境に「投影」されているのだとする「投影主義」を、そして「投影」される知覚者の<内なる色>については、しばしばその候補とされる非物理的事象としてのいわゆるクオリアの存在を認めない「消去主義」を採る立場から、色とその知覚に関する包括的な哲学的展望を与えることを目指すものである。 研究の初年度にあたる平成30年度は、上記「消去主義」の論拠として、クオリアを非物理的事象とするかぎり、いわゆる相互作用的二元論を採ることは免れえず、したがってエネルギー保存則に抵触しないとは考えにくいとする考察を、論文「科学的思考と心、自由、そして罪:2018年度科学論講義より」(信州大学人文学部編『人文科学論集』第6号、平成31年3月)3-4章において公にした。 だが、この考察を進める中で、相互作用的二元論はエネルギー保存則に抵触しないと(果敢にも)主張する哲学者たちの近年の議論を精査した際、彼らの言い分は少なくとも慎重な検討に値すると判断するに到った。 そのため、令和元年度は、予定を一部変更し、そうした近年の動きに対する批判的検討に着手することとなった。もともと予定していたスケジュールを遵守するとしたら、令和元年度は上記「投影主義」の確立へと進まねばならなかったが、この批判的検討からどのような結果が導かれるかによって、「投影主義」の内実そのものが大きく左右されるため、この変更は避けられないものであった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
上記のとおり、一昨年度の研究を通じて、いわゆる相互作用的二元論とエネルギー保存則の両立を主張する人々の議論を慎重に検討する必要が判明し、昨年度はそのための作業に着手することとなった。 そもそも、相互作用的二元論を受容することそのものは、当研究が確立を図っている色についての「投影主義」に反するわけではない。むしろ、相互作用的二元論を受けいれることが、もし本当にエネルギー保存則に抵触しないとしたら、それは「投影主義」にとって、いいニュースである。すなわちその場合、環境に投影される色の正体として、どうしてもありありと在るように感じられるクオリアを、まさに在るものとして要請することが、説得力を増す。しかし、その抵触はやはり避けられないとしたら、相互作用的二元論の容認は、現時点における科学的知見を最大限に尊重するという我々の当初の研究方針に全くそぐわない。 相互作用的二元論を現在の科学的知見との整合性という観点から見込みありと認めるか、あるいは、まさにその観点から見込み無しとするか。最終的には後者が妥当と結論できるものと見込んではいたが、その論証を構成する作業が予想以上に難航し、多くの時間を費やすこととなった。もっぱらこれが、この研究に遅れが生じた理由である。 しかし、徐々に成果は現れ始めており、令和2年10月17日に豊田工業大学での開催が予定されている中部哲学会大会のシンポジウム「物心二元論のゆくえ」において、コーディネーター兼提題者としてその報告を行うことが決まっている。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究は、色とその知覚に関する包括的な哲学的展望を与えようとするものであり、当初の計画としては、事物の色についての投影主義とクオリアについての消去主義を確立したうえで、視覚的アフォーダンスの再解釈を通じて、事物に備わっているようにしか見えない色の実在感を「除去不可能な誤信念」として捉え、さらに色クオリアの実在感を、そうした誤信念と知覚についての経験的知識によってもたらされた錯誤とする仮説を提起することを目指してきた。 しかし、上記のとおり消去主義の確立を図る過程で作業が予想以上に難航したため、当初の計画どおりにアフォーダンス理論の再検討にまで手を伸ばそうとすると、その前提となる、色についての投射主義・クオリアについての消去主義の確立をじゅうぶんになしえぬまま先に進むことになりかねない。 研究の成果を確実なものにするためには、令和2年10月のシンポジウム報告(上記)までにどこまで到達できたかに応じて、本研究の到達目標を、最初に設定したよりも手前に置き直すことが必要になるものと思われる。 その場合は、本研究の終了とともに、その成果を踏まえて、引き続き、もともと本研究の最終到達点として設定してきた、アフォーダンス論の再解釈を組み込んだ色についての「誤信念仮説」の確立を目指す研究に着手する所存である。
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Causes of Carryover |
一部に予定額より廉価で購入できたものがあったため、次年度使用額が生じた。次年度使用額は、令和2年度請求額と合わせて書籍購入費として使用する予定である。
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