2019 Fiscal Year Research-status Report
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18K00131
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Research Institution | Shizuoka University of Art and Culture |
Principal Investigator |
上山 典子 静岡文化芸術大学, 文化政策学部, 准教授 (90318577)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 19世紀 / オペラ編曲 / 歌曲編曲 / リスト |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は19世紀の市民社会に出回った「オペラ編曲」がテーマだが、昨年度の調査の中で、オペラ編曲と並び重要な役割を果たしていたものとして、「歌曲編曲」の存在が浮かび上がってきた。そこで今年度はオペラ編曲と共に流通した歌曲編曲の多くを提供したフランツ・リスト(1811~86)の、しかも原曲の大部分を占めたフランツ・シューベルト(1797-1828)の歌曲編曲に注目した。 1833~46年の間(大部分は1830年代末)に、リストは個別あるいは歌曲集所収の合計55の編曲を完成させた(シューベルト=リスト《12の歌曲集》《白鳥の歌》《冬の旅》《ミュラー歌曲集》など)。それは当初シューベルトの作品を世間に普及させるという目的に基づいたものだったが、原曲者の名声に加えて、出版各社の販売も大いに促進させるという効果をもたらした。これらの歌曲編曲は極めて高度な演奏技術が必要にもかかわらず、教養市民階層、音楽愛好家たちの購買力に支えられ、ヨーロッパ各地の出版社に大きな利益をもたらす大人気商品となった。 また、創作面に注目してみると、リストはシューベルトの(連作)歌曲集の編曲を通して、調に基づく規則的配列のピアノ・ツィクルス形成の実験を行っていた。最初に取り組んだ《12の歌曲集》にはツィクルス形成に関する規則性はなかったが、続く《白鳥の歌》と《冬の旅》ではいずれも原作の曲順を大幅に変更し、一部の曲の調を変更することで、3度を基本とする配列を達成させていた。そしてこれら一連の歌曲編曲の後、自身のオリジナル曲に対してもこのツィクルス形成の原理を適用させていったことが明らかとなった。論文の掲載:共編著書『音楽を通して世界を考える』、分担執筆:第6章「リストのピアノ・ツィクルスにおける3度調配列」446-462頁、土田英三郎ゼミ有志論集編集委員会編、東京藝術大学出版会、2020年3月)
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の目的は、フランス革命以降のブルジョワ市民階級の台頭を背景に、ピアノのための編曲(主にオペラ編曲)が19世紀前半の音楽市場で果たした役割を明らかにすることにある。具体的には、当時のヨーロッパ音楽界を席巻したグランド・オペラを主な対象に、1)様々な音楽家が取り組んだ編曲の整理と内容考察、2)楽譜出版と販路の調査、3)公開演奏会やサロンにおける編曲レパートリーの分析、4)市民階級による楽譜購入の状況調査を行うことで、供給者=流通業者=需要者のすべてに利をもたらしたオペラ編曲の生産・流通・消費のサイクルを明確なものとする。 過去2年間の研究により、当時の音楽家(そのほとんどが「ピアニスト兼作曲家」)が取り組んだ編曲の整理、そしてこうした編曲譜の出版状況の整理については、一定の目途がついてきた。また、この時期の編曲を語る際に、もっとも象徴的で代表的なリストの功績については、かなりの点で明らかにすることができた。次年度は、リスト以外の編曲家による実践についてもさらなる調査を進め、彼らが作成した編曲が公開演奏会やサロンでどのような頻度で鳴り響いていたのか、どの程度レパートリー化されていたのかについても、調査と考察を行っていく必要がある。
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Strategy for Future Research Activity |
最終年にあたる2021年度は本研究の中核となる、19世紀市民社会におけるオペラ編曲の生産、流通、消費のサイクルに焦点を当てる。この中心人物として調査の出発点とするのは、先の2年間、研究の中心に据えてきたリストの同時代人で、1830年代半ばにパリでデビューを飾ったジーキスモント・タールベルク Sigismond Thalberg(1812~71)である。タールベルクはこれまでの西洋音楽史研究で、ほとんど研究が進んでいない、しかし19世紀当時はもっとも有名だったピアニスト兼作曲家の一人である。実際、非常に限られた先行研究しか存在しないなか、彼が残した膨大な数のオペラ編曲の楽譜そのものが、もっとも有力な研究資料となる。 まず、1)「生産」の状況把握として、時代の寵児となったこのタールベルクが、どの曲の編曲に、どのようなレベルの音楽リテラシーを有する人々を念頭に取り組んだのか、2)「流通」の実態調査として、それぞれの編曲譜がヨーロッパのどの都市で出版され、3)演奏会やサロンでどのような頻度で演奏されていたのか、4)「消費」の動向調査として、編曲譜はどのような社会階層が購入し、彼らの音楽生活でどのように使用されていたのか、を調査する。 最終的に、タールベルクに象徴されるような、いわゆる音楽史の巨匠ではない、しかし当時の音楽界でもっとも注目を集めていたピアニスト兼作曲家が、19世紀の市民音楽社会で果たした役割について論文にまとめる。
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Causes of Carryover |
2020年度もヨーロッパの図書館での編曲譜閲覧と調査を行いたいと考えていたが、当該年度の配分額が申請時に希望した額より低かったことから、海外旅費を確保するために、今年度に必要となった洋書類については大学の個人研究費で充当し、未使用額を生じさせた。(とはいえ、現時点で、2020年度に海外での調査が可能な状況になるかどうかは不確定。)
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Research Products
(1 results)