2020 Fiscal Year Research-status Report
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18K00131
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Research Institution | Shizuoka University of Art and Culture |
Principal Investigator |
上山 典子 静岡文化芸術大学, 文化政策学部, 准教授 (90318577)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | オペラ編曲 / 19世紀 / 市民音楽文化 / ピアノ / 編曲譜 |
Outline of Annual Research Achievements |
2020年度は、19世紀のヨーロッパを代表するピアノ・ヴィルトゥオーソ兼作曲家の一人であり、これまでに注目してきたフランツ・リストの同時代人であるジキスモント・タールベルク(1812-71)と彼のオペラ編曲に注目した。存命中にタールベルクが手にした演奏家、そして編曲家としての名声を知る当時の人々は、彼がその後、「忘れられたヴィルトゥオーソ」と呼ばれるようになるとは、想像もしなかったに違いない。市民音楽文化を牽引したタールベルクは、オペラ編曲の作成、演奏、出版によって、音楽文化史にどのような形跡を残したのだろうか。 具体的には、タールベルクの作品群から、オペラに基づく編曲――オペラ・ファンタジー、変奏曲、パラフレーズ、そしてオペラのある特定の場面の編曲――の取り組みとそれらの出版譜、合計57曲を考察対象とした。タールベルクの活動と並行するこれらの楽譜出版を年代順に概観することで、編曲史におけるタールベルクの特徴や当時の市民音楽文化に対する貢献を調査することが主な目的であった。結果として、彼のオペラの編曲の目的は、深淵でシリアスな芸術的作品を提供することではなく、ピアノでカンタービレに「歌う」こと、ピアノの楽器としての可能性を示すこと、そして音楽愛好家の耳に心地よい音楽を届けることであったことが明確になった。また市民階級や音楽愛好家に対する啓蒙や教育的意図も少なからず含まれていたことも興味深い事実として明らかになった。この点に関する論考は「オペラ編曲家としてのタールベルク」として、『静岡文化芸術大学研究紀要』第21号(41-51頁、2021年3月)にまとめた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
2020年度は、音楽史に巨匠として名を刻むことにはならなかった、しかし当時の音楽界では人気編曲家として流行の先端に位置したピアニスト兼作曲家のオペラ編曲の取り組みに焦点を当てることにしていた。しかしコロナ禍によるオンライン授業の時間的負担や、資料閲覧を目的とした海外渡航の取りやめなどから、すべてが予定通りに進んだわけではなかった。特に19世紀当時のオペラ編曲譜の出版状況の追跡において、ヨーロッパの図書館が所蔵する原本を直接閲覧できなかった点は、痛手となった。研究の全体的な進捗は芳しくないが、当時の人気編曲家を代表するジキスモント・タールベルクのオペラ編曲に関する論考がまとまったことは、一つの成果である。
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Strategy for Future Research Activity |
2021年度は本研究の最終年度として、ブルジョワ市民階級の台頭を背景に19世紀前半の音楽市場でオペラ編曲が果たした役割を総括する。供給者=流通業者=需要者のすべてに利をもたらしたオペラ編曲の生産・流通・消費のサイクルを調査することで、家庭、サロン、演奏会という社会のあらゆる場で、編曲がオリジナル作品にも増して市民階級の音楽生活の中心に位置していたこと、そしてまた、音楽市場におけるこうしたオペラ編曲の存在が、彼らの音楽文化の興隆と発展に大きく貢献していたことを明らかにする。 2018年度以降これまでの研究では、編曲者という「供給者」、あるいは楽譜出版という「流通業者」に注目してきたが、今年度は、これらの楽譜を購入し、オペラ編曲を公開演奏会に出向いた市民階級・音楽愛好家という「需要者」側の視点からも、考察する予定である。一方で、公開演奏会という市民の場ではなく、貴族階級と芸術家の交流場所、サロンにおけるオペラ編曲の流通にも注目したい。
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Causes of Carryover |
2020年度は予定していた海外での資料閲覧が実現しなかったことなどから、支出が大幅に抑制された。とはいえ、2021年度も海外渡航は不可能なため、ヨーロッパの図書館で電子公開されている資料を頼りにしたり、関係機関から資料を取り寄せる、あるいは文献調査に比重を置くなど方法論を工夫しながら、研究を遂行していきたい。 今年度はリストやタールベルク以外の編曲家にも視野を広げるとともに、当時の出版譜の需要状況を調査する予定なので、編曲譜や19世紀のサロン文化などに関連する最新の研究書の購入に支出予定である。
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Research Products
(1 results)