2021 Fiscal Year Research-status Report
ノーベル賞選考資料を用いた日本の科学研究への国内外の評価の変遷に関する調査
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18K00251
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
岡本 拓司 東京大学, 大学院総合文化研究科, 教授 (30262421)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 科学論 / 伝染病 / 細菌学 / 人工癌 / 物性物理学 |
Outline of Annual Research Achievements |
2020年度に続き、2021年度も、外国への出張や所属機関以外の国内の資料館等での資料調査は困難な状況が続いたため、収集済、或いは所属機関を通して利用可能な資料を用いた研究を中心に計画を実施し、主として日本国内の戦前期の科学全般をめぐる情勢の分析と、研究書等の検討をもとにした国際比較などを行った。 戦前期の科学とノーベル賞の関わりについては、生理学・医学関連の状況を、北里柴三郎、野口英世、山極勝三郎の三例を中心に分析した論文を作成し、現在投稿中である。また、明治期より日本の医学研究の重要な拠点であった研究所の後継機関が廃棄を決定した雑誌のうち、蔵書印に、内閣文庫や東京及び大阪の痘苗製造所のものなどを含む、来歴から見て重要と思われるもの約1000冊について、目録を作成し、保管体制を確保した。この資料については今後の研究において活用する予定である。 また、ノーベル賞に関する事情とは直接かかわりはないものの、この課題を探求するうえでの前提となる知識を確認するため、戦前期の日本における科学観の変遷についての論文を作成した。特定の時期の日本の科学観は、その時点までの日本の科学の発展の状況をも反映して展開することが多い。そこには、ノーベル賞のような明確な指標への意識も読み取ることができる。賞への意識が直接的には現れにくい科学研究の場面を離れて、科学観・科学論に注目することで、ノーベル賞への意識を理解する途が開けうることが確認された。 さらに、日本の有力な物性物理学者であった久保亮五に関する展示において、所属教育機関であった第一高等学校の資料などを用いた部分に関して協力し、戦前期の科学者育成の特徴の一端を明らかにした。 なお、国外での調査は行えず、国内での調査にも困難があったため、研究全体の方向性を再検討したうえで、更に次年度も当該研究を継続することとした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
次年度も、海外出張や、国内の諸機関における資料収集に関して、一定程度の困難が生ずることが予想されるため、研究全体の方向性を、収集済の資料の分析や、周辺状況の再検討などを中心としたものに変更している。昨年度中には、変更した研究の最終的な目標の達成に向けて、準備的な検討や、活用の見込まれる資料の収集を、一部実施することができた。ただし、資料の調査や収集に関する困難から、予定の修正を迫られる事態が発生し、全体としてはやや遅れが生じている。このため、研究計画はさらに次年度に延長することとした。 今年度中は、既存の研究を通じた国際比較、特に師弟関係などを介して日本と重要なかかわりを持ち、戦前期には世界の科学界において高い地位を誇ったドイツの状況との比較にも着手した。ドイツの科学者へのノーベル賞授賞に関して、選考者であるノーベル委員会が、特に二つの世界大戦との関わりから、慎重な検討を迫られる事態が生じたことが知られており、また、第一次大戦の敗者となったドイツが、科学を含む文化的領域全般での成果を通じて国家の地位の回復を意図したことも了解されている。日独両国の科学者が、相互にノーベル賞受賞者の候補の推薦に関わった例もあり、またそのなかには、個別の交流が影響したことが明らかなものがあることも確認できる。こうした方面での課題に関しては、具体的な成果を発表するには至っていないが、今後の研究の展開には、国際比較から得られる理解を、直接的あるいは間接的に、反映させていくこととしたい。
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Strategy for Future Research Activity |
今年度中に検討を進めた、国際比較、とくにドイツの状況との比較について、さらに理解を深めることを目指す。本研究計画ではドイツでの資料の調査や収集は見込んでおらず、既存の研究や日本国内で入手可能な資料に基づく検討を進めるが、国際比較の成果は、それを直接の主題としない論文等にも反映させることを目指す。 また、日本における科学への理解、あるいは科学観・科学論に関する、思想的・文化的な背景についても、より広い範囲での資料調査を通じて、検討を進めることとしたい。特に、2022年は、1922年のアインシュタイン来日から100年という年でもあり、この出来事に関する新たな資料の発見なども予想される。アインシュタイン来日とそれに対する日本の社会全般の反応には、当時の日本の科学研究の実情や、科学に対する多様な人々の見解が反映されており、前後の動向や背景を明らかにすることは、本研究の目標達成に資するところが大きい。来日直前にアインシュタインへのノーベル賞受賞の報がもたらされたこと、アインシュタインがドイツの科学を代表する人物であると理解されていたことも、検討を進めるうえで考慮すべき重要な論点である。 2021年度に整理・保全を行った、戦前期の雑誌1000冊については、雑誌の内容と同時に蔵書印についても調査を進め、戦前期においては貴重な情報源であった学術誌の活用の状況などを明らかにすることを目指す。 当初の目標は新型コロナ感染症などにより変更を余儀なくされたが、それによりむしろ新たな視点に基づく検討の可能性が生じ、研究全体はより積極的な方向に進むことが期待できる。新たな目標に基づいた研究の総括を行うことを目指したい。
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Causes of Carryover |
新型コロナウイルス感染症の発生・蔓延により海外出張が行えず、国内での資料収集にも制限が生じたため、予定していた調査等の実施が叶わなかった。次年度は、収集済の資料や既存の研究を用いた検討など、国外・他機関での資料調査を伴わない作業を中心に研究を進めることとし、これに合わせて補助金を使用するよう計画した。
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Remarks |
展示の一部の作成に協力した。
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