2018 Fiscal Year Research-status Report
2次元三角格子を持つ新規イッテルビウム化合物で発現する量子スピン液体の研究
Project/Area Number |
18K03504
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Research Institution | Saitama University |
Principal Investigator |
小坂 昌史 埼玉大学, 理工学研究科, 准教授 (20302507)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
道村 真司 埼玉大学, 研究機構, 助教 (40552310)
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Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 量子スピン液体 / フラストレーション / 希土類化合物 / 磁性 / 低温物性 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究で取り上げるYbAX2(Yb:イッテルビウム, A:アルカリ金属元素, X:S, Se)はAやXからなる層で隔てられたYbの二次元三角格子を持った物質系である。さらに、各原子が占めるサイト間に混成がなく、量子スピン液体研究の舞台として、適した系だと考えている。本研究は結晶系の異なるYbAgS2の単結晶化をKClを溶媒とした化学輸送法により試みた結果、AgとKの置換によってYbKS2の多結晶試料が得られたことに端を発しており、今年度はYbKS2の単結晶試料の作成とその基礎物性測定を目標とした。 試料作成に関しては様々な合成方法を試み、最終的にはKClフラックス法によって、0.6mm四方と小さいながらも物性測定可能なサイズの板状単結晶試料の育成に成功した。得られた単結晶試料は薄緑色をした半透明の絶縁体であった。絶縁体であることから、形式電荷は(Yb3+)(K+)(S2-)2と表せる電荷バランスのとれた物質と考えられる。実際、室温から2Kまでの磁化測定によって、Ybのイオン価数は結晶中で3価として存在していることが確かめられた。また、常磁性キュリー温度は-85Kと大きな値を持っていることがわかった。本測定のみでは結晶場基底状態を明らかにすることはできないが、当初予想したように、磁性イオンであるYb3+が有効的にS=1/2の量子スピンとして振る舞っていることが期待される。0.4Kまでの比熱測定からは、この温度まで磁気秩序等の相転移が存在しないことが明らかとなった。この系の特徴として興味が持たれる点は、4K以下で2種類の特性温度を持つ2つのブロードなピークが重なったような比熱異常が観測されたことである。現在のところ、この比熱異常の起源については判明しておらず今後の課題である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
目標であった、YbAX2シリーズの一つであるYbKS2の単結晶試料を作成することに成功した。研究当初、YbKS2の多結晶試料は比較的早い段階で作成可能となっていたものの、単結晶試料の作成は中々実現しなかった。研究を始めた時点ではYbAX2に関する物性研究は一切なかったが、研究開始から10ヶ月ほど過ぎたところで、アルカリ金属元素としてNaを用いた、YbNaSに関するドイツのグループによる試料作成と物性報告がプレプリントサーバarXivに投稿された。彼らが用いた作成方法を下地にし、YbKS2に合わせた改良を加えることによって、サイズは小さいながらも十分基礎物性測定に耐える単結晶試料を得ることできた。今後、熱処理等の作成条件の最適化を進めれば、より大きなサイズの単結晶試料を得ることが可能であると考えている。基礎物性測定は現在のところ、磁化測定は1.8Kまで、比熱測定は0.4Kの極低温まで実施している。測定温度範囲内で磁気秩序等の相転移の存在は観測されておらず、且つYbイオンがYb3+状態を取ることが明らかとなったことから、YbKS2が狙い通りに量子スピン液体研究の候補物質としての条件を備えていることを示せたことが本年度の一番の成果と言える。 まだ、準備段階ではあるがアルカリ金属元素をRbやCsとした試料作成への挑戦を開始した。溶媒として用いるRbClは高価であるため、CsClを用いたYbCsS2の作成を先行して進めている。YbKS2と比べてもYbCsS2の作成の難易度はかなり上がっており、多結晶試料であっても現時点ではまだ作成には至っていない。
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Strategy for Future Research Activity |
得られたYbKS2の実験結果とドイツのグループが報告したYbNaS2の結果を比較してみると、いくつかの類似点があることがわかった。両試料共に極低温まで磁気秩序化しないことに加えて、比熱には特徴的な2つのブロードなピークが4K以下に存在する。そして、それぞれの特性温度はYbKS2の方がYbNaS2に比べて若干低い結果となった。今のところ、この比熱異常の起源は分かっていない。そのため、アルカリ金属元素を変えたYbRbS2やYbCsS2の物性測定が重要となってくる。この異常がYbAX2のシリーズを通して観測される現象であるのか、また特性温度は格子定数等のパラメーターでスケールすることができるか、などの情報が起源を考察する手がかりとなるからである。作成に着手し始めたYbRbS2やYbCsS2はYbKS2に比べると作成が容易でない試料であることが判明しており、まずは多結晶試料の作成を目指す。結晶異方性に関する情報は多結晶試料を用いた測定では得られないが、零磁場での比熱測定に関しては十分議論に耐えるデータが得られるはずである。安定した単相の多結晶試料の作成が軌道に乗ったあと、単結晶試料の育成にも順次挑戦していく。 次に、すでに単結晶試料が得られているYbKS2に関しては試料の大型化を目指す。現在得られている試料のサイズでは量子スピン液体を議論する上で重要となる熱伝導率の測定を行うことが難しい。また、中性子非弾性散乱実験を行うためには、さらに大きな単結晶試料が必要となってくる。今後も引き続き、様々な作成手法や作成条件の検討を続けていく。
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