2018 Fiscal Year Research-status Report
トマス・ハーディの小説における賭博表象の倫理学的な意義に関する研究
Project/Area Number |
18K12315
|
Research Institution | Hiroshima City University |
Principal Investigator |
原 雅樹 広島市立大学, 国際学部, 講師 (30783500)
|
Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
|
Keywords | 自然主義 / トマス・ハーディ / 偶然 / 賭博 / 倫理 / 責任 / 主体 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、19世紀末イギリスの自然主義小説家、トマス・ハーディの小説における賭博表象の倫理学的な意義を明らかにすることである。今年度は3年にわたる研究計画の初年度にあたるため、資料の収集と分析を重点的におこないながら、ハーディの『熱のない人』について口頭発表をおこなうことによって、本研究の問題と議論の枠組みを明確化することができた。 ハーディの小説において、カードやサイコロを用いた賭博行為は偶然の観念と密接に結びついている。また、偶然に支配される登場人物たちの行為が賭博行為にたとえられることも多い。そして、こうした賭博表象は道徳的主体性を巡る問題と深く関わっている。つまり、ハーディは偶然の出来事に責任を負う登場人物をしばしば賭博者にたとえているのだ。ハーディの小説の登場人物は、偶然に支配された世界においてリスクを計算し尽くすことが不可能であり、あらゆる行為が究極的にはある種の賭けにならざるをえないという事実を受け入れ、行為の結果に責任をとるのである。 『熱のない人』はハーディの全小説作品の中でもっともマイナーなものだが、そのプロットが偶然にその結果を左右される一つの壮大な賭博として描かれている点で注目に値する。プロットの中心にあるのはある賭博者の投機的企てなのだが、それに否応なく巻き込まれるその他の人物たちもまた賭博者として描かれるのだ。重要なことに、ハーディは、その賭博的投機の偶然の結果に責任をとらずに逃亡する人物を描く一方で、それに責任をとる人物を描いてもいる。以上のとおり、本年度の研究によって、『熱のない人』にはこのような賭博者的主体性とでも呼ぶべき近代的主体性のオルタナティヴが描かれていることが明らかになった。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
この研究の初年度である本年度から広島市立大学に所属することになり、研究環境の整備と一次・二次文献の収集・分析をおこない、本研究の枠組みを明確化することができた。資料分析の結果、ハーディの全作品中で賭博がもっとも重要な意味をもつ作品の一つが『熱のない人』であるということを発見できたことの意義は大きい。今後、この作品を中心にしながら、その他の作品をマッピングしてくことができるからである。そのため、本研究はおおむね順調に進展していると判断する。
|
Strategy for Future Research Activity |
研究を進めるうちに、本研究の議論の枠組みがさらに発展しうることがわかってきた。つまり、ハーディの小説における賭博表象は金融表象としばしば不可分であり、したがって、ハーディの小説が描く賭博者的主体は、金融資本主義社会における主体のモデルとして描かれている可能性がある。今後は、本年度の口頭発表の論文化を行いながら、この可能性を探り、その成果を発表していく。
|
Causes of Carryover |
この額については、研究の二次資料の物品費として使用予定であったが、古書店に発注後先方の都合で注文がキャンセルとなった。そのため、その額を当該年度中に支出することがかなわなかった。当初入手予定であった資料を提供しうる別の古書店を早急に探して、見つけ次第発注し、物品費として支出する計画である。
|
Research Products
(1 results)