2020 Fiscal Year Annual Research Report
A Study of the Ethical Significance of the Representation of Gambling in Thomas Hardy's Novels
Project/Area Number |
18K12315
|
Research Institution | Hiroshima City University |
Principal Investigator |
原 雅樹 広島市立大学, 国際学部, 講師 (30783500)
|
Project Period (FY) |
2018-04-01 – 2021-03-31
|
Keywords | トマス・ハーディ / 小説 / 賭博 / 偶然 / 自由 / 責任 / 金融 / 倫理 |
Outline of Annual Research Achievements |
19世紀末のイギリス文学を代表する作家の1人、トマス・ハーディを取り上げ、彼の小説における賭博表象の倫理学的な意義に関して研究してきた。その結果、偶然に身を委ねるがゆえに不道徳な者として通例みなされるはずの賭博者が、ハーディの小説においては、新たな責任主体のモデルとして描かれているということが明らかになった。種の進化における偶然の働きの重要性を主張したチャールズ・ダーウィン以後の時代を生きたハーディにとって、人間の生は偶然に左右されるものであり、その場合、18世紀以来小説が描いてきた、自由意志に基づく行為について責任を負う近代的道徳主体というモデルは通用しなくなってしまう。そこで、彼は、自由意志と責任とを両輪とするそうした道徳観のオルタナティブとして、非意志的な偶然の結果に責任を負う道徳主体モデルを考案し、その具体的な姿を賭博者の中に見出したのだ。 最終年度には、ハーディの小説、とりわけ『熱のない人』という小説において賭博が金融と不可分のものとして描かれていることに注目し、彼が賭博者的道徳主体モデルを考案した背景に、19世紀イギリスにおける金融資本主義の浸透があることを明らかにした。金融文化史研究が明らかにしたように、19世紀には、17世紀末から18世紀初頭にかけて生じた財政革命を受けて、さまざまな金融諸制度が互いに絡み合いながら、社会全体を覆う金融システムへと変貌を遂げていく一方で、多くの人々が投資や投機といった金融行為を、偶然の遊戯である賭博と不可分のものとして捉えて危険視していた。金融資本主義社会は、いわば、偶然に支配された巨大な賭博場のようなものとして想像されていたのである。そうだとすれば、ハーディが小説を通じて提示しようとする、偶然の結果に責任を負う賭博者的主体というモデルには、彼なりの金融資本主義時代の倫理学という側面があるといえるのである。
|