Research Abstract |
熊本県天草下島の富岡湾干潟では,1986年に絶滅した巻貝のイボキサゴ個体群が1998年以降復活し,現在に至っている。イボキサゴの絶滅は十脚甲殻類のハルマンスナモグリによる基質撹絆作用により,稚貝の新規加入が妨げられたためである.最近10年間は,ハルマンスナモグリ個体群密度は低い.本干潟におけるイボキサゴの復活は,浮遊期間が3〜21日間である幼生が他の干潟個体群から流入したためと考えられる.まず,大潮・小潮および1日の潮の干満周期における産卵のタイミングを調べるため,2008年9月下旬から1ヶ月間,1日2回の満潮時に本干潟で採水し,小潮の初めと終わり,および最干潮時に集中して放卵・放精が行われることが明らかになった.また,その3日後に干潟個体群への集中した新規加入があることも分かった.これらは,本干潟個体群が基本的には自己回帰によって維持されていることを示唆している.一方,他干潟からの幼生の輸送が実際に可能であることを示すため,幼生を摸した漂流ハガキを10月初めにおける小潮の初めに,天草下島の東海岸(有明海内でイボキサゴが生息する干潟)のすぐ沖合4ヶ所で放流した.その結果,引き続く中潮から大潮にかけて,富岡湾から最も遠く,最大の個体群サイズを擁する干潟のみに由来するハガキが富岡湾干潟に漂着した(回収率2.5%).室内飼育実験より,イボキサゴ幼生は2週間,高い生残率を有することも明らかになった.また,7月末〜11月初めに富岡湾の北方沖の水深60m地点に設置した音響ドップラー流速計のデータを解析したところ,10月より南向きの流れが頻出すること,また小潮時よりも大潮時に大きな南向き流速が発生することが明らかになった.これらのことは,北からの季節風が起こす吹送流が大潮時の強い流れと相俟って,海面表層に分布するイボキサゴ幼生を沖合から干潟へ効果的に輸送することを示唆している.
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