2019 Fiscal Year Research-status Report
19世紀ロシアにおける「全一性」概念の形成に関する総合的研究
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19K00484
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
坂庭 淳史 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (80329044)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | ロシア哲学 / ソロヴィヨフ / チュッチェフ / ソフィア |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、ロシアの文学者や思想家たちによって19世紀全体を通して作り上げられた「全一性」概念を主な研究対象とし、哲学、宗教、歴史、政治、教育などの観点からその組成を総合的に分析することである。この研究目的に基づいて行った国際学会発表1件、研究会発表1件について、おもに国際学会発表を中心に記述する。 2019年6月2日から5日にクラクフ(ポーランド)で開催された国際学会「ウラジーミル・ソロヴィヨフ:愛の形而上学」に参加し、「ソロヴィヨフとチュッチェフ:愛の概念のもう一つの一致」と題して研究発表を行った。考察対象は、思想家ソロヴィヨフ(1853-1900)の論文「チュッチェフの詩」(1895)である。ロシアにおける「全一性」思想を完成したソロヴィヨフが、同時代のロシアでは半ば忘れ去られていた詩人フョードル・チュッチェフ(1803-1873)の詩に注目し、その「人間」、「悪」、「キリスト」といったテーマの展開について論述しながら、「キリスト教帝国ロシア」という考えをチュッチェフと自身の共通点として提示している。この発表では、当時はチュッチェフに関する情報がかなり限定されていたことを検証しながら、彼が論じていないチュッチェフの恋愛詩にこそ本質的な共通点があることを主張した。この発表は高い評価を受け、2021年刊行の論集(Vladimir Soloviev: The Metaphysics of Love, eds. Teresa Obolevitch & Randall A. Poole, Eugene, OR: Pickwick Publications 2021.)に収録される。また、この成果を踏まえ、さらにソロヴィヨフの論文の思想形成や構成について、2020年3月5-6日に九州大学で開催された「プラトンとロシア」研究会で発表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究の初年度である2019年度は、「文学と思想の接点」や「19世紀ロシアの流れ」を意識しながら研究全体の基本的なラインの描出に努めた。1810年代には詩作を始め、ロシア文学におけるロマン主義からリアリズムへの変遷を体現してもいるチュッチェフと、次世代のロシアの文学者や思想家たちにも強い影響を及ぼしたソロヴィヨフの共通点について、なかでもソロヴィヨフ思想の根幹にある「ソフィア」、「神人」概念とチュッチェフが独自の(ドイツ観念論の思想家シェリングの世界観とも共鳴する)自然観から生み出したヒロイン像の機能と出自を比較することで、ソロヴィヨフの思想形成における文学の役割の一端と、19世紀ロシアの文学や思想の全体を貫くひとつの形象の展開を明らかにした。以降の研究は、基本的にこのラインに様々な文学者、思想家を加えていく作業となる。 また、ソロヴィヨフとチュッチェフの共通点を論じる過程で、研究開始当初は想定していなかったセルゲイ・ブルガーコフやセミョーン・フランク、パーヴェル・フロレンスキーといった20世紀ロシアの思想家たちの著作にも目を向けざるを得なくなったが、これによって歴史を遡上しつつ思想の根源を見出すためのより確かで大きな射程を獲得することができた。 ただし、2019年度の研究では「ソフィア」と本研究の中心概念である「全一性」とのすり合わせ、またこれらの概念・形象のつながりの背景として大きな意味を持っているカトリック思想と(チュッチェフとソロヴィヨフがともに観察している)当時のカトリック教会の在り方については十分に考察できていなかった。反省すべき点であり、これを2020年度の課題のひとつとしたい。
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Strategy for Future Research Activity |
研究の基本的な目的と推進方策は変わらない。「現在までの進捗状況」の項に課題として記した「カトリック思想とカトリック教会の在り方」の問題に関する文献の収集を進めながら、2020年度も「全一性」概念の形成過程における「文学と思想の接点」を考えていく。具体的には、思想家ピョートル・チャアダーエフ(1794-1856)が、アレクサンドル・プーシキン(1799-1837)の韻文小説『エヴゲーニー・オネーギン』(1825-1832)の主人公オネーギンのモデルとなっていることに注目し、文学と思想を合わせたロシア文化史におけるこの人物形象の意義について考察する。ソロヴィヨフによって完成されるロシアの「全一性」概念の礎を築いたのがチャアダーエフであるが、ロシア文学史上最も有名なキャラクターであるオネーギンの重要な要素としては、この思想家はこれまで十分に注目されてきていない。この研究では、プーシキンとチャアダーエフの歴史観(歴史におけるロシアの意義)に論点を絞りながら、プーシキンの作品の新たな読み解きを提示していく。 この研究成果は2020年8月、モントリオール(カナダ)での第10回ICCEES(中東欧研究協議会)世界大会において発表する予定であったが、大会が2021年8月に延期される見通しとなったので、研究対象をさらに広げ、内容の充実を図る。チャアダーエフがチュッチェフとも友人でありつつ、世界観の決定的な違いから社会評論などでは完全な論敵であったという事実がある。『オネーギン』から導き出される研究成果を、さらにチュッチェフの思想とも接続させて、チャアダーエフ、プーシキン、チュッチェフという三者の関係についても考えていきたい。
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Research Products
(2 results)