2022 Fiscal Year Research-status Report
国家変容と国民文学運動に関する事例研究:近代ハンガリーの文学団体とカノン形成
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19K00498
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
岡本 真理 大阪大学, 大学院人文学研究科(外国学専攻、日本学専攻), 教授 (10283839)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | ハンガリー文学 / 近代ハンガリー / 近代ナショナリズム / ハンガリー民謡集 / ペテーフィ・シャーンドル |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究課題は、国民国家の形成期(成長期・統合期)および国民国家の存続の危機(解体期・離散期)において、文学が求める表象は何か、どのような主体がどのような方法でその表象を創造するのかについて、18世紀末から20世紀初頭のハンガリーの文学を事例として明らかにしようとするものである。 研究対象となる時代はいわゆる「長い近代」であり、ハンガリーは多くの政治的社会的変化を経ながら国家形成と「ハンガリー人」としての国民形成をおこなってきた。 本年度の研究を2つに分けてその概要を以下に説明する。一つは、この「長い近代」全体を俯瞰してハンガリーのナショナリズムがどのように形成され、変化していったかについて、言語文学運動を中心に概観することである。18世紀末に始まるハンガリー・ナショナリズムは、まず庶民の話しことばに過ぎなかったハンガリー語を近代的な書きことばに育てること、次にそれを用いて国民に教育を行い、文学を創造し、文化学術から行政司法まで行える国家の基盤を整備するまでに至った。19世紀半ばの革命を経て、革命の敗北から出直しとなった19世紀後半には、ハンガリーは歴史的領土の一体性を維持し、他の諸民族にもまたハンガリー国民としてのアイデンティティを持つことを求めたため、ハンガリー人と同様に民族意識を高めつつあった諸民族の強い不満と反発に遭い、やがて君主国崩壊への道をたどることとなった。これらの過程について『ハプスブルク事典』(丸善出版)の項目にまとめた。 もう1つは、19世紀半ばの革命詩人ペテーフィの生誕200周年というアニバーサリーの機会でもあることから、ペテーフィの生涯と作品、および日本におけるペテーフィ作品の読まれ方について考察した。同時代の民謡収集についても、「エルデーイとクリザー19世紀なかばの2つのハンガリー民謡集―」として口頭発表および論文にまとめた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
1つには、今年度(および来年度の2年間にわたるが)ハンガリーの詩人ペテーフィ・シャーンドルのアニバーサリーということもあり、ハンガリー本国でも、また日本でもその生涯と作品について取りあげられることが多かったが、本研究の中でも今一度作品群を振り返り、そのテーマは表現法が現代人にどのように受容されているかを考察する機会を得て、その成果を講演会で社会還元することができた。 また、諸事情で取り組みが遅れていた近代中期のハンガリーにおける民謡収集について詳細を調べ、その特徴や社会思想史的背景を考察し、その結果を学会発表および論文発表することができた。 新型コロナウィルスで延期になった海外の学会は未だ開催されないままであるが、昨年度はハンガリーに短期で出張し、研究者との交流と情報交換、文献の収集も行うことができたことは、研究の推進にとって非常に刺激となった。
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Strategy for Future Research Activity |
今年度は近代ハンガリー文学における詩人たちと戦争の関係について考察する予定である。 ハンガリーを代表する詩人ペテーフィ、アディそしてラドノーティは、それぞれ異なる時代に生き、異なる戦争に巻き込まれる運命にあった。しかし、3人には共通点があった。それは、「ハンガリー人」としてのアイデンティティを強く持ち続けながら、戦争の中あるいは戦争終結後まもなく、命を落としたことである。ペテーフィは1848年革命を先導し、それに続く対ハプスブルクの自由戦争で闘い命を落とした。アディは第1次世界大戦を目の当たりにし、反戦や民族の救済を望みながらも叶わない現実に苦悩し、終戦まもなく死去した。第2次世界大戦中のホロコーストの犠牲となったラドノーティは、絶望と生への渇望のはざまで死の直前まで詩作を続けた。本稿では、3詩人の戦争をテーマにした詩の分析を通して、詩人と戦争の関わりを考察したいと考えている。ナショナリズムが詩人らの中で形成され表出するあり方と、戦争という人の存在の究極の問いとのかかわり方が、時代と状況によって様々であることを丁寧に観察していきたい。
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Causes of Carryover |
当該年度の支出を中断し、支出実績はない。新型コロナウィルス感染拡大により、参加予定していた海外での学会が開催されず、参加と発表の予定が延期したため。 感染が落ち着いたため、今後はハンガリーへの渡航と現地での研究活動を順調に進めたい。
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