2019 Fiscal Year Research-status Report
環境対策における不確実性と「達成困難」な目標に関する科学技術社会学的研究
Project/Area Number |
19K02061
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Research Institution | Kwansei Gakuin University |
Principal Investigator |
立石 裕二 関西学院大学, 社会学部, 教授 (00546765)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 不確実性 / 専門家 / アクターネットワーク理論 / モノの社会学 / 科学社会学 / 地球温暖化 / 気候工学 |
Outline of Annual Research Achievements |
科学・技術がかかわる領域では、当初は挑戦的な目標が掲げられるものの、やがてその達成が困難だとわかる場合が少なくない。「当初の予想どおりには進まない」という不確実性に対して、関係するアクターはどのように向き合っているか。環境対策における目標設定とその再調整の過程に注目して、科学・技術が抱える不確実性に対する向き合い方を考えることが本研究の目的である。2019年度は大きく2つのアプローチから研究を進めた。 1)分析視角としてのアクターネットワーク理論(ANT)に関する検討。日仏社会学会大会のテーマセッション「アクターネットワーク理論(ANT)の現代的応用」において報告を行った。科学技術は多くのアクターを巻き込むことで、社会を変える「てこ」になりうる一方で、実際には大半のプロジェクトが壁にぶつかり、変転・失敗していくという両義的な過程を分析する上で、ANTの主唱者であるB・ラトゥールの論考がもつ有効性について検討した。また、ラトゥールの主著の一つについて、関連分野の若手研究者から成るチームとともに翻訳を進めた。定期的に検討会を開き、訳稿のクオリティを高める作業を行った。 2)環境目標のフレーミングとフレームの「一人歩き」に関する研究。環境対策における「挑戦的な目標」の典型例として、パリ協定の「2℃未満」、CO2排出量の実質ゼロ化の目標があげられる。こうした容易でない目標を実現する手段の一つとして、近年しばしば議論されているのが、工学的な手法によって気候への人為的な影響の緩和をはかる「気候工学」のアプローチである。気候工学をめぐる議論を一つの手がかりとして、今日の気候変動問題における専門家のあり方とその多様性について検討した。その一環として、環境社会学会大会シンポジウム「気候変動と専門家」の企画にかかわり、当日は司会を担当するとともに、シンポジウムの趣旨について発表を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2019年度に重点的に進める予定であった研究アプローチのうち、本研究の理論的な手がかりであるアクターネットワーク理論についての検討は、順調に進んでいる。 他方、理論的検討と並行して進める予定であった、「目標」の再調整過程の実証的な分析については、2019年度には学会発表に至らなかった。その理由の一つは、環境社会学会シンポジウムの企画を話し合う中で、「気候工学」を本研究課題における中心的な事例として取り上げる方向で軌道修正をおこなったことによる。予備的な考察の成果を、シンポジウムの企画・趣旨説明に盛り込むことができた。 空調の設定温度と熱中症、「冷房病」に関する事例については、軌道修正にともない学会発表できる所までは進まなかったものの、関連する資料の収集と分析を進めることができた。
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Strategy for Future Research Activity |
新型コロナウイルス感染拡大防止のため研究活動が制約される状況が続いており、2020年度は引き続き、アクターネットワーク理論(ANT)に関する理論的検討に重点をおいて取り組む予定である。ラトゥールの主著の翻訳について、2020年度中に翻訳チームとともに訳稿を完成させ、2021年度前半の出版をめざして取り組む。また、社会の変化(の失敗)や変化しやすさ(流動性)を捉える分析枠組みとしてANTを捉え直す研究についても、2020年度中に学術論文としてまとめたいと考えている。 並行して、地球温暖化・気候変動の対策における「挑戦的な目標」をめぐるポリティクスについての経験的な分析も進めていく。その際に考えたいのは、気候変動のような大きな問題に対して、専門家が「正面から向き合う」とはどういうことか、という点である。「挑戦的な目標」が空疎なものにならないためには、推進する側にせよ、批判する側にせよ、専門家が研究活動の実質をともなう形で関与し、その目標を多様なアクターと結びつけていくことが重要になる。2020年度中に学会発表をおこないたい。 また、空調温度や再生紙の事例研究についても、挑戦的な目標とその再調整過程の分析という本研究の目的にとっては、問題の全体像が比較的見えやすいタイムスパンの事例を分析することも重要であるので、2020年度には資料収集と分析を積極的に進めていく。「挑戦的な目標」を何度も掲げ、環境対策において目標が「建て前」になってしまうメカニズムと、そこでの専門家の関わり方(の不在)に注目して分析する予定である。さらに、科学史家の吉岡斉が「テクノトピア」と呼んで批判したように、「技術楽観」的な目標を提示し、目標の再調整をくり返してきた歴史的事例として、原子力発電についても、これまでの研究代表者による研究をふまえて検討を進めたい。
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Causes of Carryover |
新型コロナウイルス感染拡大防止のため、2020年3月に実施する予定だった出張(資料収集、関連する研究者との打合せ)をとりやめたため。 2020年度の後半以降、上記の事情が解消されるのを待って、おもに研究成果の発表と資料収集のために使用していく計画である。
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