2019 Fiscal Year Research-status Report
災害トラウマの回復過程における子どものナラティブと応答的な生徒指導実践の検討
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19K02798
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Research Institution | Mukogawa Women's University |
Principal Investigator |
上田 孝俊 武庫川女子大学, 教育研究所, 教授 (30509865)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 教師の震災体験の風化 / 教育的病理の理解 / 育ちの情報 / 保護者との対話と共感 / 指導の方向性 |
Outline of Annual Research Achievements |
2019年度の取り組みとその成果は、以下の通りである。 1.9月8日~10日の3日間、研究協力者2名とみやぎ教育文化研究センター所属の研究者とともに、仙台・石巻・東松島・陸前高田の4市において、6名の教員と2名の元教員から、震災後の実践と生徒指導上の課題の聴きとりを行った。 2.2月6日には、みやぎ教育文化研究センターにおいて、現在までの調査についての研究討論を行った(7名の出席)。震災から8年余の時点で、1)教育現場における教師の側の震災体験の「風化」がいっそう進んでいる。2)その結果、児童・生徒の示す「教育的病理」例えば小学6年生での突然母子分離ができなくなる赤ちゃん返り現象の意味が理解できないなどの教師側の実態が語られた。3)それに対して、詳細な育ちの情報を収集し、避難所生活が何か月に及んだか、家庭の経済状況はどうか等の観点から、学力や病理を問い直す検討が求められ、保護者との「対話」に基づく連携が必要とされる。4)そのことで保護者の抱える不安や問題意識を共有でき、子どもの関わりに安定がはかられると予想できる、等の「指導」の方向性が案出できた。 3.10月18~20日に開催された日本臨床教育学会第9回研究大会(北海道教育大学札幌校)の特別課題研究「災害と臨床教育学」において、基調報告の一つとして報告を行った。その主旨は「大川小学校の事例にみられるように、地域や学校の主体性の確保が『命にかかわる問題』であることの自覚が求められ、明治以降の地域と学校との関係で創りあげられてきた学校理念(地域管理の校舎、多目的な位置づけ)が解体されていることに研究を拡げる必要性がある」と提言した。 4.2019年度の調査・研究活動の保存資料として「災害と学校・教育実践についての研究」(№4)を作成した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究協力者や調査対象者の協力が得られ、宮城県調査と学会報告は予定通り行うことができた。福島県の調査については、調査日程の調整がかなわず実施ができなかった。また宮城県で研究討議の機会をもち、研究協力者と2019年度の研究総括を行うことができた。 震災後の生活(家族の喪失や避難所生活での問題)に起因する子どもの生徒指導上の課題に応えるために、震災以前の実践から必要な指導内容・方法を導き出し「実践化」する、いわば「短期的課題」については、今年度の聴きとりやそれに関わる実践事例の検討で導き出すことができてきた。東松島市立鳴瀬未来中学校の「命の授業」も、震災を考えることから「いのち」とは何かを生徒と教師が共同で考えていこうとする実践であった。教師にもそれほどの見通しがあったのではなく、生徒の思いや考えを教師がもっと知りたい、深めたいという過程に自然と実践が進んでいったのではないか、そのなかで生徒も変容をしていったのではないかと考えた。子どもの学びのプロセスを、教師が描いたプロセスに押し込めないという実践とも受けとめられた。 それに対し、教育実践全体において、この震災を契機に教育課程編成上の時間的、経費的側面からも弱まっている部分があるのではないかと考える。例えば、防災教育の一部にみられるように震災や津波が起きたときの行動の学習に焦点を当てるのではなく、自然に直接触れ実感しながら知識や自然観を育むという教育実践、いわば「長期的課題」に対応した教育実践が、まだ調査の対象として把握できていない。 震災対応の指導実践と、長期的な子どもの課題に応える指導実践との、相互作用の上に子どもの個別のナラティブに応じた「自己形成」がはかれるという点をさらに検討する必要がある。
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Strategy for Future Research Activity |
第1に、「長期的課題」ともいえる、子どものナラティブを社会的、個別的、生育史を辿りながら歴史的にみる「指導」実践の探求である。教師が、自分の教育実践を反省的に捉え、それを克服する過程を追う調査研究を展開していく必要がある。そのために、被災地域で積極的に実践を展開してきた教師の、「実践史」的なナラティブ調査を行う。 第2に、震災後9年が経ち、当時の子どもたちが「自分を語る」ことができるようになり、実際に「語り部」として行動をおこしている人たちもいる。そうした子どもたちの変容過程を聴きとり、それに関係し、影響を与えてきた出来事、人との関わりを明らかにする。同時に、その保護者が子ども・学校に寄せてきた思いを聴きとる調査を予定している。 第3に、昨年度実施ができなかった福島において、「地域」の課題と子どもの生活、学校教育との課題を調査できるようにしたい。 第4に、次年度に最終年度となるので、研究成果のまとめの方向性を、研究協力者とともに考案する必要がある。 本年度は新型コロナウイルスへの対応で、本務である大学の授業・研究指導に見通しがもてない状況にある。また、調査対象地域がどの程度受け入れ可能なのか、未確定要素が多いので、その点に一抹の不安がある。
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Causes of Carryover |
予定した経費の残金として生じた額で、本年度の旅費に繰り入れして使用したい。
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