2020 Fiscal Year Research-status Report
災害トラウマの回復過程における子どものナラティブと応答的な生徒指導実践の検討
Project/Area Number |
19K02798
|
Research Institution | Mukogawa Women's University |
Principal Investigator |
上田 孝俊 武庫川女子大学, 教育研究所, 教授 (30509865)
|
Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
|
Keywords | 震災教育の基盤となる教育実践 / 発達・学習保障とケア / 家族の離散 / セルフの解体 / 支援とカタルシス |
Outline of Annual Research Achievements |
2020年度の取り組みとその成果は、以下の通りである。 1.2021年2月28日に開催された武庫川臨床教育学会第15回研究大会(武庫川女子大学)自由研究発表において、「東日本大震災における子どもの成長環境の課題」というテーマで報告をおこなった。本研究の協力者である春日辰夫(みやぎ教育文化研究センター)の、広い意味で「にんげん」を考える創造的実践が停滞しているという指摘を基軸にすえ、石巻市立雄勝小学校での徳水博志の実践、東松島市立鳴瀬未来中学校での制野俊弘の実践を再検討した。徳水実践では文芸教育や地域学習が、制野実践では生活綴方教育に軸を置いた体育実践や石巻市の高田敏幸の御神楽などの保育実践との関連が指摘できた。子どもの安定した発達・学習保障と「心的外傷」のケアの課題が統合してあることが明確になった。 2.2021年3月15日~17日の3日間、福島県郡山市、南相馬市において、聴きとり調査をおこなった。震災当時高校生だった方からの聴きとりでは、思春期に描く自己像が砕かれ、実現できない葛藤が語られた。福島を離れて熊本で1ヶ月避難生活をするなかで「ずっと一人なんだ」という感覚が強まり、無口になり「性格が変わった」「外に出るのが怖い」とセルフの解体や幻聴をともなう解離障害の発症過程が読み取れた。NPOの支援者(本研究の協力者)やカウンセラーとの「おしゃべり療法(カタルシス)」で回復に至っているが、こうしたトラウマと回復過程への継続的援助の必要性が指摘できた。この支援者が調査直前に入院され聴きとりができず、相互関連させて全体を捉えるには至っていない。南相馬市では、福島第一原発の放射能汚染により家族がバラバラに各地に分散して避難するという事態を招いた。被災地でのこうした家族の「分離」とその後の影響も、教育現場では例えば小学校高学年になっても母子分離ができないなどの問題として現れている。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
4: Progress in research has been delayed.
Reason
前年度の研究で、防災教育などの短期的課題に対して、子どもの個別のナラティブに関わる、すなわち自己形成(セルフの確立)を主体とする教育実践の模索が必要となることを明らかにした。本年度は、その観点から宮城・福島での教育や援助の実践を再検討し、児童・生徒の側からセルフの感覚を見いだしていく過程を調査し、相互的な検討を加えていこうと思っていた。しかし、2020年3月からの新型コロナウイルスの感染拡大とそれへの対応として対面調査が危ぶまれ、特に本研究では学校現場への調査活動が主であり、実行に移すことができなかった。また、研究協力者や教員との研究協議も開催が困難であった。 本研究に費やすエフォートも、研究代表者が社会人大学院の授業が中心で対面とオンラインのハイブリッド型授業等へ対応するため、低下せざるをえなかった。 そうした状況ではあったが、オンライン開催された武庫川臨床教育学会で自由研究発表をおこない、また3月の福島調査では8名へのインタビューをおこない、特に「家族」に関わる問題を考究することができた。継続的に聴きとってきた母親たちからは、この10年無事に育ってきたこと、現在は身体の異常も心配なく一応の安堵が感じられた。一方で福島第一原発の廃炉やこの地域の安全への道が途方もない年月が必要とされ、そのことで見通しが持てないことがいっそうの「風化」につながる心配を表明された。同時に、10年目の節として当時の状況が報道され、震災の「事実を見る」と、つらさ・しんどさを強く感じ、「見ないようにしている」自分にも気づかされたと語られた。教育実践もそうであるが、「内なる風化」が子どもたちのケアにどのように影響するか、次年度の検討課題の一つとしたい。
|
Strategy for Future Research Activity |
第一に、子どものナラティブを個別的、社会的、生育環境(震災による変化、震災避難時の環境も含め)をたどることである。そのためには、すでに教育実践を検討してきた小・中高等学校の卒業生で、聴きとり可能な世代(成人直後)へのインタビューをおこなう。 第二に、このインタビュー内容の検討を進め、震災直後の心的状況とその後の変化(少し極端かもしれないが、震災によるセルフの解体とその再形成の過程とも捉えられよう)を浮き彫りにし、そこに関わる援助(教育・支援、経済的援助、人間関係の再構成)、あるいは援助を阻害するもの(人間関係や将来の見込みの遮断、経済的状況など)は何だったのかを考察する。 第三に、広く「にんげん」を考える創造的教育実践の提起である。震災を契機に子どもの事実と応答的に展開された諸実践を、その基盤的教育思想、教育方法に遡り、要素を探り、再構成することである。「災害トラウマ」は、地震・津波・水害などとともに新型コロナウイルス感染下での教育災害(通学できない、教室で学べない)における子どもの「傷つき」とその支援を考えるキー・コンセプトともなるだろう。
|
Causes of Carryover |
予定していた仙台市・石巻市での聴きとり調査、研究協議が新型コロナウイルス感染に対応して中止せざるをえなかった。また、参加予定の学会がオンラインでの開催となり、参加費用が不要となった。実施した福島調査も、コロナ禍で研究代表者のみでおこない、また年度末実施となったため、調査結果の検討や報告書の作成等の作業は次年度へ繰り越さざるをえなかった。以上の理由により、本年度は福島調査のみに終わったことで次年度使用額が生じた。 次年度は、当初の計画通り調査活動、研究成果のまとめに取り組む予定だが、研究全体の遅れは避けられず、研究期間の1年延長を申請する予定である。
|