2021 Fiscal Year Research-status Report
災害トラウマの回復過程における子どものナラティブと応答的な生徒指導実践の検討
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19K02798
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Research Institution | Mukogawa Women's University |
Principal Investigator |
上田 孝俊 武庫川女子大学, 教育研究所, 教授 (30509865)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 援助意識の形成過程 / 生存罪責感情 / 援助精神の自己内化 / 学校物語(ナラティブ) |
Outline of Annual Research Achievements |
2021年度の取り組みとその成果は、以下の通りである。 1.9月9日~10日、宮城県の中学校で、「いのち」をテーマに教育実践を展開した制野俊弘氏(和光大学)、福島県でNPO法人主宰として一時避難、母親相談支援に取り組んできた宗像家子氏のインタビューを行った。今回は援助実践の思想をどのように形成してきたかという内容で臨んだ。宗像氏は自身の育ちのなかや乳児院での実践をとおして、養育は社会がおこなうという児童憲章の理念を「自己内化」していったことを鮮明に語った。制野氏は、自身の陸上競技の選手としての能力を生かし体育教師になろうとしたが、大学の自主ゼミで読むように勧められた中村敏雄の近代スポーツ批判にうたれ、子どもの生活を基盤とした綴方的体育実践を模索するようになったことを語った。本調査研究は、武庫川臨床教育学会第16回研究大会(2022年2月20日)で報告した。 2.1月31日~2月2日の3日間、福島県相馬市において元小学校教諭・白木次男氏、前宮城県立水産高校教諭・平居高志氏、石巻市在住の元高等学校教諭・菊池英行氏へのインタビュー、みやぎ教育文化研究センターでの数見隆生・春日辰夫・高橋達郎・清岡修各氏との研究協議を行った。白木氏は、東北綴方が「貧乏綴方」と言われてきが、そこには子どもの現実をつかむ指導が内包されており、震災に際しても「一緒に溺れかけてほしい」という子どもに共感する教師の姿勢が問われていると考えた。しかし現実には、教師の作文意図に沿って子どもが誘導され、「事実」に迫ることを困難にしてしまっていると指摘された。平居氏も同様の主旨の発言があった。一方、菊池氏は高校生が自立的であると捉え、教師が地域と関わり被災の事実と関係して生徒指導をする必要を感じていないのではないかと問題を指摘した。みやぎ教育文化研究センターでは、これらの発言を受け、研究課題を明確にする討論となった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
4: Progress in research has been delayed.
Reason
2019年度研究で、防災教育などの短期的課題に対して、子どもの個別のナラティブに関わる自己形成(セルフの確立)を主体とする教育実践の模索が必要となることを明らかにし、2020年度は、その観点から被災地での実践を再検討し、児童・生徒の側からセルフの感覚を見いだしていく過程を調査し、相互的な検討を加えていった。そうした課題意識から、2021年度は教師や援助者の援助意識の形成を問題にしていった。研究協力者との討論でも「子どもが生きる・育つことの困難さやそこから生じるトラウマ・課題を子どもとともに考えていく実践が提起しきれいていない」という指摘のなかで、援助意識の形成に注目する必要が明確になったからである。 2021年度の調査研究では、震災後の教育・援助実践に取り組んだ教師・援助者のライフヒストリーを検討するなかで、彼らが、被援助者や子どもの人生との困難の相違を認識し、それを子ども理解に反映させていくこと(生存罪責感情)と、援助・教育思想を自分の実践に具現化していくこと(自己内化)と、さらには子ども・地域の「ナラティブ(物語」)と敬意をもって対話していくが浮かび上がった。これらの研究成果は、日本臨床教育学会第11回研究大会(2021年10月2日)で報告し、それを踏まえて武庫川女子大学大学院臨床教育学研究科機関誌『臨床教育学研究』第28号(2022年3月)に研究ノートを投稿した。 しかし、本年度も新型コロナウイルスの感染対応として、学校現場への調査活動を中止とせざるを得ない事態が続いた。研究協力者や教員との研究協議も時間をとった開催が困難であった。また、本研究に費やすエフォートも、研究代表者が社会人大学院の授業が中心で対面とオンラインのハイブリッド型授業等へ対応するため、低下せざるをえなかった。本研究は2021年度で終了予定であったが、研究の進捗の遅れは否めず、1年間の延長を申請した
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Strategy for Future Research Activity |
第一に、震災に関わって、子どものナラティブを教師がどのように受容したのか、その実践的応答とともに明らかにする。そのため、特に福島県内の浪江町等の帰還困難解除地域の学校での実践を調査し、教師へのインタビューを行う。 第二に、震災によるセルフの解体とその再形成の過程を青年期になった被災児童生徒がどのように歩んだかを彼らへのインタビューから明らかにし、そこに関わる援助(教育・支援、経済的援助、人間関係の再構成)、あるいは援助を阻害するもの(人間関係や将来の見込みの遮断、経済的状況など)は何だったのかを考察する。 第三に、それに対応する教師や援助者の援助意識の形成過程に内在する援助概念を析出する。すでに臨床家のいだく「生存罪責感情」、援助精神の「自己内化」を仮説的に挙げたが、「教師意識」も含め、研究協力者との研究協議で深め考察したい。
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Causes of Carryover |
2020年度と2021年度の2年間、新型コロナウイルスの感染拡大とそれへの対応として、予定していた学校調査、聴きとり調査を停止せざるを得なくなった。また研究発表のために学会参加旅費を予算化していたが、オンライン開催となった等の理由により未使用額がでた。 研究期を1年延長する承認が得られたので、2022年度は研究図書購入費として5万円、教育調査・研究協議の旅費として25万円、研究協力者への謝金3万円、テープ起こし費用20万円、研究資料・研究成果報告書印刷・郵送費12万円を予定している。
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