2020 Fiscal Year Research-status Report
Study on the fiber property revelation by the in-situ observation of structure development
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19K05597
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Research Institution | Shinshu University |
Principal Investigator |
大越 豊 信州大学, 学術研究院繊維学系, 教授 (40185236)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | Fiber Property / Structure Development / ポリエチレンテレフタレート / X-ray diffraction / SPring-8 / Fiber Strength |
Outline of Annual Research Achievements |
強度や弾性率など繊維の諸物性は構造の影響を強く受け、繊維の製造条件によって顕著に変化する。本研究では、強度等の繊維物性に大きな影響をおよぼすと考えらえるフィブリル状構造の形成過程に注目し、合成繊維の力学物性をより正確に設計するためのモデル構築を目指す。このため、SPring-8の超高輝度X線を使用し、繊維をレーザー光で瞬間的に加熱して引き伸ばした後の構造変化を100マイクロ秒単位で観測した。これまでの研究により、ネック変形に伴って形成されるフィブリル状構造はほぼ伸びきった分子鎖の束からなり、十分な強度と弾性率を持っているらしいことがわかっている。本研究では、フィブリル状構造の量、長さ、乱れ、フィブリル内分子鎖面間隔の変化、フィブリルの配列構造の変化を解析することによってこの仮説を検証すると共に、原料高分子や製造条件がこれらの構造形成におよぼす影響を調べ、強度・ヤング率・熱収縮率などの繊維物性を定量的に説明することを目指した。 今年度の研究では、特にPET(ポリエチレンテレフタレート)の分子量依存性に関して、初年度に得られたデータの補強に努めた。この結果、フィブリル構造の母体となるsmectic相の量は分子量が大きいほど増え、逆にネック変形直後の面間隔は小さくなった。また分子量が大きな繊維ではsmectic相量が減少しつつ結晶化度が増加するのに対し、低分子量では両者が同時に進行する傾向がみられた。これらの結果は、高分子量では延伸応力を支えるsmectic相を経て形成されるミクロフィブリル構造が支配的なのに対し、低分子量では延伸応力あまり印可されていない部分での結晶成長が共存することを意味する。前者の構造が繊維強度向上、後者の構造が熱収縮抑制に大きく寄与すると考えれば、延伸繊維の力学物性における分子量依存性を良く説明できる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度はCovid-19の影響によりSPring-8での実験実施が直前まで危ぶまれた上、密回避の観点から実験参加人数を減らさざるを得なかった。このため実験内容を初年度に得られた繊維強度の分子量依存性に関するデータの追加取得に絞った。具体的には、ネック変形直後に形成され、フィブリル状の形態を示すPETのsmectic相構造の量、(001')面間隔、長さおよび幅の変化に注目し、得られる繊維の物性、特に繊維強度と熱収縮率への影響について考察した。 この結果、形成されるsmectic相の量は分子量が低下するに伴って明瞭に減少する一方でsmectic相の長さに分子量の影響はほとんど無く、smectic相から形成されるmicrofibrilが分子鎖の「絡み合い」によって区切られていることが確認できた。またネック変形後のsmectic相面間隔に観察される延伸応力・分子量依存性を確認し、経過時間ゼロに外挿した面間隔を延伸応力に対してプロットすることで、ネック変形直後に外力を支えている分子鎖束の量を見積もった。この結果、高分子量PET繊維では結晶弾性率の1/2程度だったみかけ弾性率が、低分子量PET繊維では1/5ほどに低下し、smectic相量の変化と良く一致することが確かめられた。さらに、得られたみかけ弾性率と、分子量および繊維強度との間に線形関係が見出された。この直線を結晶弾性率に外挿した値は1.6GPaに過ぎないことから、PET繊維の強度が、分子鎖の「絡み合い」を含むmicrofibril間tie-chainによって支配されていることが、定量的に確認できた。 以上の様に、今年度の実験により、初年度に得られた繊維強度の分子量依存性を説明する構造モデルの信頼性を向上させると共に、より深い考察を行うことができた。コロナ下という状況においてまずまずの成果と考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
高分子量ほど形成されるsmectic相の量が多いことは明瞭であり、結晶化の開始が遅れることも間違いなさそうである。これらに比べると、smectic相の長さが分子量にほとんど依存しないことも確かである。また、ネック延伸からの経過時間が0.3ms以内で、延伸応力が大きいほど、また同延伸応力では分子量が小さいほど、面間隔が大きめの値を示すという定性的傾向には間違いないと思われるが、定量的な差を見積もるのは精度的に厳しい。すなわち、観察される分子鎖歪は最大でも1%未満であり、上記の面間隔差は数pmに過ぎない。smectic相の相関長が約60 nmとたいへん長いため、観察に用いた(001’)面回折がたいへん鋭いこと、および輝度と平行性が高いUndulator光源シンクロトロン放射光と位置分解能に優れたSOPHIAS検出器を使用し、さらに各点で10回以上繰り返し測定することによって上記の結論を得ているが、これの延伸応力依存性から算出したみかけ弾性率の信頼性は低く、この値に対して延伸繊維の強度をプロットし、結晶弾性率に外挿することで得た極限強度も現状では参考値に過ぎない。面間隔の分子量依存性をより明確にし、結果の信頼性を向上させるためには、分子量を変えた測定データを追加することが必要と考える。 また、上記のモデルが正しければ、繊維の強度はmicrofibril間、もしくはfibril間のtie-chainによって決まることになるが、このサイズの構造解析は進んでいない。この研究で用いた測定手法をUSAXS領域に援用することで、fibril構造の形成過程を観察し、繊維の強度発現機構に挑んでみたい。
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Causes of Carryover |
主にCOVID-19の影響による旅費減少のため。具体的には、密回避のためSPring-8出張人数を当初予定よりも減らしたこと、および学会出張費等の旅費が発生しなかったこと。学生が入構できなかった期間があるため、消耗品費も多少減っている。最終年度の今年度は積極的に学会等で発表を行うと共に報文化を進める予定であり、これらの参加費、英文校正、投稿料等に使用していく予定である。
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