2021 Fiscal Year Research-status Report
A Social and Cultural Analysis of "Post-Truth" as Epistemology
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19K21667
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Research Institution | Kyushu University |
Principal Investigator |
太田 好信 九州大学, 比較社会文化研究院, 特任研究者 (60203808)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
杉山 あかし 九州大学, 比較社会文化研究院, 准教授 (60222056)
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Project Period (FY) |
2019-06-28 – 2023-03-31
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Keywords | ポスト真実 / アブダクション / 陰謀論 / ネットワーク文化 / 社会科学的認識論 |
Outline of Annual Research Achievements |
令和3(2021)年度も、コロナ禍の影響を受け、研究の方向性への修正を迫られた。代表者は、カリフォルニア大学ロスアンゼルス校のD・ショーター教授の仲介で、アメリカ西海岸における「アブダクティ(地球外生物体による誘拐経験者)」へのインタビューを計画していた。しかし、上記の理由により渡航制限が継続したため、代替の研究方法として、文献資料にもとづき「アブダクティ」の語りへの多様なアプローチを吟味した。 次のような結果を得た。学術(心理学、社会学、カルチュラル・スタディーズ)からのアプローチでは「アブダクティ」の語りを(別の現実の)象徴(メタファ)と捉えることが主流となっていた。前提にあるのは、アブダクティたちの語りを否定し、はじめて研究が成立するという視座である。そのため、これらのアプローチは学術の認識論的・存在論的懐疑(反省)へとは結実せず、対象に対する知の優位を確保したままである。 学術的アプローチの多くは、「ポスト真実」という知の状況が登場する以前におこなわれている。「ポスト真実」は知の優位性が権力の効果にすぎないと主張し、米国の民主的理念に訴える。「ポスト真実」という状況が提起する挑戦的問いかけとは、「アブダクティ」たちの語りが、学術の獲得した知の優位性を揺がすかもしれないという再認識を促すことだ。アブダクティの語りへの科学的応答は、(社会科学的)認識論の再考へと向かうことになる。 分担者も代表者同様に、コロナ禍の米国の社会的混乱に鑑みて、調査票をもちいた広範な研究調査の実施を、次年(2022)度に延期することにした。本年度は、「アブダクティ」の語りにも登場する陰謀論を調査項目に取り込むため、代表者との間で議論を重ね、調査票の準備をおこなった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
令和3(2021)年度の進捗状況を(3)としたのは、次の理由による。令和3年度を通し、海外渡航をともなう現地調査が困難な状況は継続した。とくに、米国カリフォルニア州などでは外出制限も流動的であり、代表者は計画を立てることすら難しかった。また、分担者も、同様の理由で、広範なアンケート調査の実施を延期せざるを得なかった。そのため、本研究課題の最終年度は令和3年度であったが、1年の延長を余儀なくされた。全体的な進捗は、当初の計画通りには進んでいないものの、1年間の延長により、文献資料の精査を進めた。本研究の成果を、当初計画していたシンポジウムという形式で公表する段階には至っていない。 しかし、令和3年度中の文献調査では思わぬ収穫もあった。代表者は「ポスト真実」という社会現象を学術的知の優位性に対する挑戦と捉え、「アブダクティ(地球外生物体による誘拐経験者)」の語りをその一事例と考えてきた。インタビューが困難になるなか、文献資料の精査からこの現象に関する学術的アプローチが、代表者の専門領域である文化人類学における「象徴分析」の軌跡(可能性と限界)に類似していることが判明した。つまり、学術界では「アブダクティ」の語りは別の現実の象徴(メタファ)であり、それを文脈化(歴史、権力、社会)することによって解明するという立場の蔓延がある。この立場は、自らの(認識論的・存在論的反省を排除した)知の優位性を前提にしている。「ポスト真実」は、そのような優位性への挑戦といえる。 分担者と代表者は議論を重ねた結果、現在、異なる見解に到達した。一方において、分担者は米国での「ポスト真実」の典型を陰謀論にみている。それは、政治権力からの解放を求めるエンパワメントの源泉であると。他方において、代表者は、「ポスト真実」は真実が確定できない領域での社会科学の認識論の再考を求めると考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
令和4(2022)年度は、本研究が1年延長された後、最終年度になる。本来ならば、研究成果を公開すべくシンポジウムの開催を計画していた。しかし、海外渡航が正常化されず、実地調査は困難な状況が続いているため、文献調査、ならびに研究対象の追加をおこなう。 まず、代表者は「アブダクティ(地球外生物体による誘拐経験者)」の経験だけではなく、「ポスト真実」を学術的知の優越性に対する挑戦と捉えれば、「ポスト真実」とは呼ばれていないものの、社会と学問との接点で起こる相互交渉も視野に入る。たとえば、遺骨返還運動がその例となる。人間の骨は研究材料(人骨標本)なのか、あるいは尊厳をもった慰霊の対象(遺骨)であるのか。国内においても、この対立は顕在化している。骨を対象とした形質人類学が自らの知の優位性をどのように社会に対し説明するのか、この問いは形質人類学に大きな責務を課す。 本研究はこれまで「ポスト真実」という状況を語る分析概念を心理学、人類学、カルチュラル・スタディーズ、歴史学、哲学、アメリカ研究などに求めてきた。今後、「ポスト真実」を「悪しき相対主義」、「反知性主義」、陰謀論などと同一視する否定的視点だけに限定せず、この状況は学術に対し内省を促す可能性もあるという(肯定的ではないにしても)複眼的視点から、「ポスト真実」を総括したい。 そのような可能性をみすえたうえで、分担者はアメリカ合衆国におけるアンケート調査の項目を精査し、調査結果を分析することになる。また、代表者は「ポスト真実」という状況をより肯定的に解釈し、社会における学知の優越性を自己否定したとき、どのような認識論が開示されるのかを模索する。おそらく、その模索は「アブダクティ」の語りを別の現実の代理と解釈する学術的アプローチとは異なり、「ポスト真実」は社会科学の認識論的前提を問うことになるだろうと予想している。
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Causes of Carryover |
令和3年度は、コロナ禍の影響を受け、当初、計画していたアメリカ合衆国における実地調査が困難になった。また、同様の理由から、アンケート調査をおこなった場合における十分な回収率が見込めないことが予想されたため、実地調査とアンケート調査を延期することを事前に決断した。本年度は、研究を文献を資料とした分析によりカバーしてきたが、令和4年度にそれぞれの調査をおこなうことにした。
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Research Products
(3 results)